スポンサーサイト

  • 2019.07.19 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    ◆隠された演出(8)−きわどい演出

    • 2018.04.29 Sunday
    • 14:54

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    きわどい演出 【参考文献】

     

     

     

     れまで見て来たように、小津は演出全般にわたって過度の説明を避けていたわけですが、時にはそれが災いすることもあります。特に台詞における言葉の足りなさが目立つようです。動く小道具と同じく、決して否定するわけではありませんが、これは視覚的な要素と違い、真実性を損ねる難点は避けられません。しかし、それも小津映画の面白味ではあります。それとは別に、一般的な物語としての不自然さがあることを以下のように作者も認めてます。そこで、これらを含めたつつき処をまとめてみました。

     

     

    「映画には、どこかに必ずしわ寄せがある。嘘がある。しわ寄せがなければ、劇ではなくてドキュメンタリーである。例えば、『彼岸花』で、佐田啓二が恋人と打ち合せをしないで、突然その父親に会いに行くところが、それである(41:56)。これは現実では考えられないことだ。しかしこれがなければ、この映画は成り立たないのである」(映画界・小言幸兵衛)

     

     

     イレント「和製喧嘩友」('29) の留吉(渡辺篤)が作業中、物思いに耽っている処を事務員の富田(大国一郎)に注意されますが(07:31)、初め背後を左方向に作業用の機関車の煙を吐かない車両部分が通過しており、次の留吉の寄りで汽車が消えて、冨田のアップでずっと奥に汽車の煙だけが見え、彼と留吉の引きで再び左方向に今度は煙を吐きながら通過します。従って、これらのすべてが時間の飛んでいるのが分かります。脚本に「蒸気機関車が白煙を上げて入れ換え作業を行っている」とあるので、機関車を意図して映してはいるのですが。

     

    「東京の合唱」('31) では、娘の入院している病院から帰宅するときに、父親(岡田時彦)がおぶる息子の持っている絵本の位置や持ち方が七ショットですべて異り(50:08)、つづく屋外での俯瞰による三ショットのそれはみな同じ(51:21)。これは偶然ではなく「◆構図至上主義(2)−「東京物語」の名場面」で見たように、形を変えて単調さを防いでいます。しかし自転車に乗れる年代の子供としては、絵本を読むのもおぶられるのも不自然です。

     

    「東京の宿」('35) 原っぱで子供の兄弟が父親のそばに来て座りますが、真後ろからかなり引いた構図に合わせて兄だけは少し離れており(10:50)、次の斜め前方からのショットで三人は構図的にまとまります。ところが兄が体の向きを変えると、届かないはずの彼の背負っている荷物が弟に当たってしまいます。これはギャグを表すためにショットの頭で兄が弟の方に寄ったからです。三人の居場所も二つのショットでは違うようです。後のショットで父の左にあるタンクのような物が前のショットにはありません。

     

    このような人物のずれは、これより古い作品にはないようです。したがって、二年前の「非常線の女」('33) で会話における視線のずれが初めて現れるとしましたが(「◆小津の文法(1)−会話」参照)、一般に人物の位置が不自然なのもそこからと言えるでしょう。

     

    「戸田家の兄妹」('41) 父の危篤の知らせを受けて本家に現れた次男の昌二郎(佐分利信)は、末の節子(高峰三枝子)をなだめるために自分の帽子を被せますが(22:50)、部屋の奥までそれを持ち続けているのは不自然であったと、座談会で里見に指摘されています( 惴妖腸箸侶史紂抔‘ぁ法

     

    「風の中の牝鷄」('47) では、付き添いの病院から帰った直後の妻時子(田中絹代)の様子が、その前の病院でのそれとは異り、ただの徹夜明けには見えません(19:50)。鏡に向ってから顔を覆うさまは、これから起ることを想像するというより、まるで何事かを激しく後悔しているようです。とすると、つづく桜井宅の麻雀風景が事の直後なので、そこまで時間が戻ってしまうことになります(22:01)。

     

    小津映画にそのような場面があるとも思えないので、ここの処の意味がしばらく分らなかったのですが、これも逆しまな演出の影響でしょう(「◆小津の演出(3)−親の悲しみ」参照)。いっそのこと、この場面を桜井宅からの帰りにすれば良かったのではないかと思われます。

     

     夫の修一(佐野周二)は桜井宅の二階から唱歌「夏は来ぬ」の聞こえてくる小学校を見下ろしますが、次のショットは校庭が俯瞰ではなくロー・ポジションで撮られて、再び修一に戻ります(1:01:43)。ここはロケを嫌った小津が、観客に気づいて欲しくない処です。

     

     自分の暴力により妻が階段から落ちた時、修一はその途中まで下りて行きますが、家主つね(高松栄子)が帰って来たので気づかれないように部屋に引っ込んでしまいます(1:14:50)。しかし、そうするためには、かなりの努力がいるでしょう。抜き足差し足しながら戻ったところを想像すると何とも間抜けです。修一は居留守を使ったつもりなのでしょうか。

     

    ところが下駄箱のない玄関には彼の靴が置いてあるはずなので、二階にいるのは知られていたのではないか。この後、そこで会話などが行われるので気配でも分るでしょう。そうでないとしても、いつ帰ったと思わせる気だったのか。きっと家主はこの夫に対して強い不信感を抱いたはず。

     

    「晩春」('49) の曾宮周吉(笠智衆)と助手の服部(宇佐美淳)は、原稿執筆中に経済学者フリードリッヒ・リストのスペルLISTを調べ、独学であった等とこの学者の経歴を話題にします(07:00)。ここは人物紹介をしているわけですが、このような会話は現実には有り得ないでしょう。専門分野外の人が考えそうな並の演出に思えます。その後、麻雀の話に移りますが、果して麻雀をする学者などいるでしょうか。仮にいたとしても例外的な人達ではないのか。

     

     紀子(原節子)に誘いを断られた服部が独りで鑑賞している「巌本真里 提琴独奏会」ではラフのカヴァティーナが流れます(33:24)。巌本は翌年に渡米するので偶然性が高いといえます。話題にもなったのでしょう。しかし、よくみるとポスターの日付は4月26日(土)ですが、実際は「晩春」'49年のこの日は火曜日で、遡ると二年前の '47年が土曜になります。「晩春」の年には、同じ時節の巌本の演奏会がなかったので過去のものを使ったのだと思われます。演奏の方は本人のものとすると映画用に録音したのか、あるいはレコードか。

     

    周吉、紀子、三輪(三宅邦子)が観覧する能楽堂での「杜若」の録音と撮影は別々に行われたとのこと。そのため小鼓による音のしない空打ちが、映像の方は所作が大きいので鼓を叩いているように見えてしまいます(52:56 佐々木秀孝)。それでは撮影のときは空打ちではなかったということか。

     

     友人アヤ(月丘夢路)宅で紀子は婚約者が「家に来る電気屋さんに似てると思うの」といい、ゲーリー・クーパーにもとてもよく似ていると言います(1:13:27)。その電気屋の男は初めの方で検針のために現われた時に一瞬、顔半分だけ映りますがクーパーには似ていない(07:43)。

     

    「麦秋」('51) 冒頭の、自宅で小鳥の餌を作っている周吉(菅井一郎)の右手前には、籠の中の小鳥が止まり木を右に左に飛び移っています。やがて周吉が餌に水を足して小鳥が左に飛んだ時の引きで、籠の右半分が襖で隠れます。しかし、ここで左の止まり木にいた小鳥は消えてしまい(03:12)、しばらくして襖の陰から飛び込んで来るご愛嬌。

     

     二階で周吉と茂吉(高堂国典)の二人が、掛け軸を広げて語り合っていると(17:24)、そのクローズアップが映ります(17:32)。間もなく紀子(原節子)がお茶を運んで来るのですが、この時すでに掛け軸は外されており、彼女がその前に座ります(18:56)。そして茂吉「紀子さん、幾つになんなすった」の問いの後、紀子の「二十八です」で彼女のアップになります(19:01)。

     

    これらの掛け軸を眺める周吉、茂吉と紀子に対する二人や、掛け軸と紀子のアップの構図は大よそ同じであり、それと彼女とを対比させているように見えます。判読できませんが、掛け軸の文を読めばその意味が分るでしょうか。

     料亭「田むら」で紀子の上司佐竹(佐野周二)は、彼女に見合いの相手を紹介します(30:19)。

     

     

    「良いのいるんだ。おれのちょいと先輩で、やっぱり商大出た奴でね、長いことカルカッタに行ってたんだ。真鍋ってなかなか出来る奴なんだよ。まあ、童貞のほどは保証しないが、初婚なんだ……ゴルフもおれより上手いし、男前も、おれよりちょいと良いかな」

     

     

    この後、相手の写真を受け取った紀子は、わざとらしくその表をカメラに向けます(31:03)。後の作品「東京暮色」「秋日和」でも見合い写真はありますが、それらの肖像は映しません。紀子は後に写真の真鍋という人物に対して、「四十にもなって、まだ一人でぶらぶらしているような男の人って、あんまり信用できないの」と言うのですが(1:51:45)、これは明らかに小津(当時47歳)がモデルになっています。先の佐竹による真鍋の人物像や、写真のゴルフ・スウィングをしている姿も小津(小津安二郎 交遊録)と似ていないでしょうか。ちなみに小津は当時の原節子の弁「もしあたしと結婚してくれる人がいるとしたら、子供がいて奥さんに死なれた人ぐらいね」をこの作品で盗用しています。

     

     歌舞伎座から帰った茂吉は「良かったねえ、今日の芝居は。若いもんが、なかなかようやりよる」の後、急に家族の話し声が聞こえるようになります(32:26)。脚本にはここの処は台詞だけで、茂吉が家族の話を理解して頷いたりするような説明などはなく、それまでの茂吉と同じように書かれています。しかし子供たちにからかわれる「大和のおじいちゃん」では、若い世代に教訓を垂れることも覚束ないと判断したのでしょう。以下の茂吉「ウム? ウーム、……」も彼が相手の言葉を推測して話しているように書かれていますが、実際の映像は頷きながら「ウン、来た方がええ」と答えています。そのためこの台詞は「麦秋」の中でも特に象徴的なものとなりました。

     

     

    茂吉「一度、大和へもこんかな」

    周吉「ええ、行きますよ。これで紀子でも片づいたら……」

    茂吉「ウム? ウーム、来た方がええ。お志げさんもな。大和はええぞ。まほろばじゃ」

     

     

     曾野宮宅に康一(笠智衆)の泊まりを知らせに訪れた矢部(二本柳寛)は、紀子に上がるよう薦められてそれに従いますが、反応が早過ぎです。初めから期待していた様子(1:01:21)。ケーキの臭いがしたのか。

     

     矢部宅の謙吉は、家出した甥たちを探しに訪れた紀子が、母たみ(杉村春子)と玄関で話しをする気配を察っしたのでしょう、二階から降りて来て状況を尋ねます。ところが彼は内容を聞かないうちに了解して出掛けてしまいます(1:13:58)。

     

     

    「どうしたんです」

    「ねえお前、一緒に探してあげたら」

    「そうですねえ、行きましょう」

     

     

     矢部の送別会の待ち合わせ場所の喫茶店で、紀子は兄の康一がやって来たことを矢部に告げますが、彼女には階段を上って来る途中の康一が見えていないでしょう(1:23:23)。視線も床よりずっと上にあります。間宮家で夕飯後、次男の勇が下の用のために席を外す時間が一分足らずとは短か過ぎます(1:58:01〜1:59:03)。

     

     矢部たみは紀子の勤め先に来て帰り際に出口を間違えますが(1:37:00)、これは彼女が方向音痴だということでしょうか。しかし方向音痴といえども入って来た処くらいは覚えているもの。それが出来ない人は物忘れが激しいのです。さらに、たみは出口を教えられると自分から先に部屋を出て行きますが、事実はまったく反対で、真の方向音痴は出口を間違えるのではなく、出た後に逆の方へ曲がるのです。
     

    この理窟が分らない人は方向音痴ではないでしょう。逆の方向というのは、たとえば廊下から左に曲がって入った部屋を、出る時は右ではなく入った時と同じように左に曲がるということ。それは部屋に入ったときの感覚が残っており、出るときも同じように行動しようとするから。そうなると来た時と同じ方向に体が向くので、目にする光景も同じように見え、大丈夫と思い込んで進んでいく。この時かりに正しい方の後ろを振り向いたとしても、通常は来た時とはまるで違う光景(屋内では左右の造りが違い、屋外ではさらに陽の向きが逆)なのでそちらには向かわない。矢部たみは、建物の外まで案内されなければ無事には出られなかったでしょう。
     

    また方向音痴は道を三回曲がると帰って来れなくなります。それは道を曲がる毎に、片手に曲がった時の情景という物を掴んでいくので、三つ以上は無理という感じ。これはお手玉に似ている。二つまでなら簡単だが三つ以上は難しい。数をかぞえるのに、三つ以上は沢山とみなして区別しない文化圏があるらしいですが、これも関係がありそうです。
     

     一説には地図を読めない者は方向音痴だとありますが、これはおかしい。道を歩くことと地図を読むこととはまるで違う感覚であり、たまたま両方とも苦手な可哀そうな人もいるというだけ。ある解説によると地図を見ながら道を間違えたのなら方向音痴だという。これでは電卓を使って計算を間違えた人は計算が苦手ということになって仕舞う。生粋の方向音痴は地図が読めないのではなく、それに頼るのです。もっとも共通する原因があることは考えられます。浪費家の中には飽食をし、博打をする者もあるだでしょう。しかし、だからといって飽食家が必ずしも、ばくち打ちとは限らない。
     

    方向音痴に頭の中で地図を描けと指導したりもしますが、それが出来てしまえば迷いはしない。出来るまでに時間が掛かるのです。彼らは地図を読めないことと、頭の中に描けないこととを混同しているのです。さらに展開図を頭の中で組み立てられない者が方向音痴というのも間違い。展開図の組み立ては知能指数検査みたいなもの。普通の犬や猫は方向音痴ではないでしょうが、展開図を理解するという話も聞きません。
     

    「お茶漬の味」('52) 修善寺の旅館に一泊した朝、雨宮アヤ(淡島千景)は煙草を吹かすだけで煙は吸っていません(25:50)。そして黒田高子(上原葉子)が吸うときは煙草が長くなっています(26:04, 26:30)。そもそも前の晩は誰も吸わなかったのに、なぜ朝になって吸いだすのか。

     

    淡島千景の場合のように役作りの難しい演技はよくあるのでしょうか。オードリー・ヘプバーンが「ローマの休日」でブレイクする前年の「初恋」では、姉マリア役のヴァレンティナ・コルテーゼも同じようにやっていますが、そちらは独りなので目立ちます。

     

     神戸の須磨に向かう妻妙子(木暮実千代)の乗る展望車付きの列車は、12時20分以前に天竜川を通過しますが、それはこの川に架かる珍しいトラス付きの鉄橋を展望車で撮るのが目的でした(1:21:12)。ところが当時の展望車は特急のつばめだけにあり、陽のよく当る頃にここを通過するものが無かった。そこで浜松までとの許可を得て、その時間帯に走る急行の最後尾に連結して走らせたとのこと(イ召列車に敬礼―どんな景色でも)。したがって鉄道に詳しい人からすると有り得ない光景でした。

     

     飛行機の故障により出張を延期して深夜に帰った夫の茂吉(佐分利信)が、妙子と二人で夜食を用意するために廊下を歩いていると、いきなり真っ暗な台所にカメラが移動するので、停電でも起きたのかと錯乱してしまいます(1:40:57)。

     

    「東京物語」('53) の紀子(原節子)はアパートの隣人に借りた徳利とお猪口を掌の上にのせますが、部屋から出ると落しにくいように横から鷲づかみしています(41:04)。

     

     尾道へ帰る周吉(笠智衆)、とみ(東山千栄子)を見送りに来た東京駅構内では、幸一(山村聰)アップでの周吉への忠告「まあ、あんまり呑まんことですね」の時だけ、右の志げ(杉村春子)が消えて背後の人物が変ります(1:26:34, 1:27:03)。幸一の声も微妙に違っている(弱く、遠く)ようです。さらに会話の途中から幸一のワイシャツの右襟が背広の外にはみ出しますが、このショットの時だけ引っ込みます。脚本には「まあ」の語がないので、これを追加するために後から撮り直したのか。

     

    ちなみに、この会話が始まる前と(1:26:00)、終わった直後の(1:27:45)正面に「入口」の札のあるショットは、人物がほとんど同じ姿勢でいるので連続しているものを編集したと思われます。前のショットは二人が列に入り、後は奥の方を大勢の人が移動するので、その間で切ったのでしょうか。手前に置かれている二つの鞄を見ると、左は全く同じ位置ですが、右の方は斜めから縦方向に変わっています。これも小津のいつもの演出か。

     

     尾道の実家で敬三(大坂志郎)を迎えに出た後の、部屋に戻る京子(香川京子)の障子越しに現れる姿は(1:52:08)、黒澤明「赤ひげ」('65) の狂女(香川京子)とよく似ています。向きは左右反対ですが、京子の方は右から出て来るのでサスペンス性が高いと言えます。とくに初めに彼女の影が障子に映る処は怪談じみています。「赤ひげ」の元ネタか。

     

     周吉と紀子は美しい構図に収まって朝日の昇る海を眺めます。この時の二人の影を見ると、紀子の方だけが右手奥の石灯籠に写り周吉の影は手前にあるので、陽に対しては紀子の方が奥にいることが分かります。つまり、彼女は周吉の視界に入る朝日の下を通過していたのです(「◆構図至上主義(2)−「東京物語」の名場面」図5)。それはこのショットの頭で起り、彼女の影が周吉の着物をかすめ、彼の右手にわずかに当っている陽の光を遮って止まります。

     

    そして二人の見ているのは朝日よりもだいぶ右の南側ですが、この眺めも周吉にとっては紀子がかなり邪魔です。彼は気分を害したので捨て台詞を吐いて、さっさと家に戻ってしまったのでしょう。

     

     なお撮影前には日の出の時刻を想定していたのを、準備に手間取って撮れなかったとのこと。もし予定通りであったなら、紀子は朝日を拝む周吉とその光を完璧に遮断してしまうので、小津映画の随一であるこの構図も違ったものになっていたのかも知れません。

     

    「早春」('56) では駅に向かう若いワイシャツ姿のサラリーマンの群を映しますが、この中で前方からの俯瞰ショットだけは壮年者もいて服装もまちまちです。さらにサラリーマン以外に初老の半ズボン姿、おばちゃんやオールバックのサングラス、道路の端を逆に歩く学生などもいます(06:59)。それらの影も他のショットに比べて長く伸びています。したがって、この群集は柵越えに隠し撮りしていた、早い時間の実写であることが分ります。

     

     ミルク・スタンドで、杉山(池部良)をうどんの会へ誘う電話を掛けるために、野村(田中春男)が立ち上がりざま吐いた煙草の煙が次のショットで消えるご愛嬌(1:19:16)。この前に辻が杉山と千代(岸恵子)に連絡するように言っていたのですが、野村が受話器を取った時に、何故か田辺(須賀不二男)は千代にも連絡するようにと指示して、野村もそれを了解します(1:19:14)。

     

     

    辻 「じゃ、スギとキンギョんとこ連絡しとかなきゃいけねえな」

    野村「あゝ、よっしゃ、おれ掛けたるわ」

    ……

    田辺「おい、ついでにキンギョんとこにも掛けろや」

    野村「よっしゃ」

     

     

    「東京暮色」('57) 麻雀荘を営む母喜久子(山田五十鈴)が、娘の明子(有馬稲子)に近況をたずねて息子が死んだことを知るのですが(35:20)、事前に竹内重子(杉村春子)や客などから知らされているべきです。

     

     産婦人科医院で明子は手術を受けるかどうか返事をためらっていますが、これでは意味が通じないでしょう。医者(三好栄子)は「やっぱり、どうするの」ときき返えすはず(1:16:54)。さらに、この後の明子が体温を測る時間は、四十秒足らずで短か過ぎます。

     

     

    「どうなさった、どういう事になったの」

    「あのう、やっぱり」

    「あそう、その方が良いわよ。あんた身体弱そうだから」

     

     

    「彼岸花」('58) の平山渉(佐分利信)はトイレと偽って応接室を出て行くとき、その後に従おうとする佐々木初(浪花千栄子)を思い止まらせてしまいます。彼女は何時まで我慢していたのでしょう(21:51)。

     

     箱根旅行の芦ノ湖では、妻清子(田中絹代)がベンチから立ち上がって画面右端に外れると、切り返して右端から現れます(36:58)。ここで止めておけば良かったのですが、さらに同じように右端を越えてベンチに戻った後、今度は夫の渉と二人で同じように外れて現れます。これらは小津の動かないカメラが原因ですが、その境界を挟んで、二人がまるで鏡の国でも出入りしているかのような異様な光景に見えます。この映像を初めて観たとき、「この監督は、只者ではない」と感じたものです。

     

    この間に清子が「あたしねえ」と戦時中の想い出話を始めた時、背後を乗用車の通過するのが見えますが(38:33)、夫の「何だい」の後、彼女に戻るとバスがゆっくりと走っているので時間が飛んでいます(38:37)。これは「和製喧嘩友達」の汽車とは違いご愛敬。

     

     その前の姉妹が乗るボートでは、姉の節子(有馬稲子)がさりげなく美しいく、左、右と片方ずつ櫓をこいでから母に手を振ります(37:11)。ボートも横揺れなどせずに滑るように進んでゆくので、これを行う彼女の腕っぷしはそうとう強そうです。母の注意「あんまり遠く行くと危ないわよおう」に対して妹久子(桑野みゆき)が「大丈夫よお」と答えます。そして次に映った時にはかなり遠くまで行っています(40:19)。親の言うことまるで聞いていない。これだから姉は結婚相手を勝手に決めてしまったのでしょう。その後の展開を暗示するように、ボートも二度とも右から左に進むサスペンスです。

     

     平山と三上文子(久我美子)のいる中華料理屋で、料理人が来店した客に向って「いらっしゃい」の挨拶をします。その手元は見えませんが、キャベツか何かの繊切りをしながらなので危険です(1:02:40)。佐々木幸子(山本富士子)の泊まる築地の宿の笹が(29:18)後のショットで無くなってしまいますが(1:13:52)、これも作為的にでしょう。蒲郡のクラス会で周吉(笠智衆)の詩吟が止まった時に、同窓生の一人(菅原通済)が顔を上げるのがちょっと早過ぎて(1:42:40)、この人物は何かを思いついたのかという気がしてしまいます。

     

    「お早よう」('59/05) 林家の二人の子供は家にテレビがないので相撲を見られないと拗ねますが、その時間は英語の勉強をしなければならないので、テレビがあっても見られません(08:24)。下の子は門前の小僧でアイ・ラブ・ユーくらいはしゃべられますが、勉強しているわけではないので隣の家で見ても良いはず。小さいから独りではだめなのか。

     

     婦人会の会費の件で林民子(三宅邦子)は、初めに組長宅に届けたのが十日ぐらい前と言うのですが(09:38)、その翌日でしょうか、後には先月の 28日と変わります(26:16)。これは日常の会話では有り得ます。後が正しいとして、この日は何日か。「お早よう」の年は昭和34年、子供たちがテレビで見ている真冬の大相撲は初場所の一月。初日は日曜日ですが、冒頭で子供たちが下校しているので、少なくとも、その日は平日である翌日の月曜日以降。脚本には曜日だけが記されており、それは火曜日から始まって、翌日の水曜日に民子は 28日と言い改めています。テレビ観戦にある若秩父と北の洋の対戦(10:28)は脚本にも書いてあるのですが、調べてみると困ったことに千秋楽なので、これはなかったものとする。ここでひと先ず、この月と前月のカレンダーを見てみることにします。

     

     

        
    昭和33年12月
    1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31
          
    昭和34年 1月
    1 2 3
    4 5 6 7 8 9 10
    11 12 13 14 15 16 17
    18 19 20 21 22 23 24
    25 26 27 28 29 30 31

     

     

    これで火曜日は 1月13日と知れます。この日は会費を届けたのが十日ぐらい前といった日なので、先月の28日と改めたのは翌日の 14日(水)ということになります。そして前月の 28日は日曜日なのですが、休日であるのに日にちよりもこの曜日を指摘しないのがまず不自然。おそらく会費は月末までに収めるものでしょうが、十日以上も経ってから問題になるのもどうか。さらに組長の原口きく江(杉村春子)がそれまで大人しくしていたのは断然おかしい。先月は年末だったので、年末年始の慌ただしさで未納になって仕舞ったのか。しかし年を越していることが話の中にないのも不自然ではないか。月末というより、年越しの会費の問題だったのではないのでしょうか。

     

     林民子は会費の件で、事前に富沢とよ子(長岡輝子)や大久保しげ(高橋とよ)から未納であることを知らされたときは、自分で組長に問いただそうと言っておきながら(09:38, 12:30)、組長の原口きく江に問い詰められた時、その剣幕に圧されてか、初めのうちまったく知らないという態度(24:55)。組長宅に届けたと明言したときは、それに気がついたという様子もありません。相手の出方しだいで、この話は無かったものにしようと考えたのか。

     

     

    「ねえ、奥様。家、洗濯機買いましたでしょ」
    「ああ、そうですってね……」←普通に対応
    「ほしけりゃお買いになればいわ……何も婦人会の会費ちょろまさなくったって……」
    「あの、誰かそんなこと言ってますの」←富沢や大久保をかばっているのか
    「とぼけないで頂戴よ奥さん。ご自分の胸に聞いてごらんなりゃお分かりになるでしょ」
    「何でしょうか」←ここから、とぼけ始める
    「こう見えて私ね、生まれつき潔癖なんですからね……」
    「あの、何のお話しなんでしょうか」
    「婦人会の会費ですよ、あなた会計じゃありませんか」
    「会計がどうかなりましたの」
    「あなた、集めて、家い届けたって、……家じゃまだ頂いてませんからね」
    「あら、お届けしましたわ、確かに」←ここで明言

     

     

     押し売りと防犯ベルの二人組(殿山泰司、佐竹明夫)は、仕事が終って駅前当りの呑み屋にいますが(34:55)、危険なこの町をさっさと離れるのが筋です。

     

     だんまりを決め込んだ林家の子供がジェスチャーで給食費を要求しますが、家族に意が伝わらず(59:02)滞納したために、だんまりの件と合わせて担任教師(須賀不二男)の家庭訪問を受けてしまいます(1:12:59)。しかし給食費の方は子供から催促されなくても、月々の習慣として家賃、電気、ガス料金等の支払いと同じように気がつきそうなもの。これでは親の方に問題があります。そもそも給食費は専用の封筒に入れて、学校側とやり取りするものではなかったのか。子供はそれを示すだけで良かったはずです。

     

    さらに家庭訪問は家族皆がいる休日の18日(日)に行われたようですが、実際に有り得たのでしょうか(一般の家庭訪問は平日)。林は「給食費は明日持たせてやりますから」と言うのですが、休日だとすると銀行も休み。ATMのない時代に持ち合わせはあったのか。数日前、学校では教師が授業の終りに「明日、給食費を持ってくる」ようにと言っています。その日は翌日授業のある16日(金)までとなり、脚本にも木曜とあるのですが、給食費を収めるのは月末ではないのか。

     

     次はこの作品の要である天候について。まず小津の日記によると、13日(火)の午後に雨が降っています。「4時すぎ出社……雨となる 社長室となりにて角力テレビを見て早く帰る」物語の方は、この日から始まり林家の子供たちが午後5時過ぎに帰っても(16:33)、後に父敬太郎(笠智衆)や節子(久我美子)が帰ったときも(17:42)、雨に降られた様子はありません。始まりを14日(水)にずらして、15日(木)子供たちの反抗が始まり、16日(金)給食費要求のジェスチャーがあったとすればこの件は収まります。

     

    18日(日)に家庭訪問を受けた後、林は隣の富沢と「いやあ、いいお天気ですなあ」「そうですなあ、ここんとこずうっと続きますなあ」の挨拶を交わします。13日(火)が雨でもその後、この日までの五日間晴れていればこの台詞は妥当です。しかし小津の日記には、はっきり天気は書かれていないのですが、昭和34年1月17日(土)「本年は馬鹿に寒い……」、翌18日(日)「車中居眠り逗子までのりすごす 寒い」とあるので、雪が降りだしそうな雲ゆきではなかったのか。この時代の天候も不明のため「天気図データベース」を見たところ、16日(金)午前9時には日本列島のほぼ全域が雨となっています(図1)。赤丸は「お早よう」の宅地付近、黒丸が雨の地域であり、最寄りは伊豆大島。これにより好天は長くとも二日しか続いていなかったことになります。

     

    昭和34年1月16日 午前9時の天気
     図1 昭和34年1月16日 午前9時の天気

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     林家の有田節子が家出した子供たちを探しに福井宅を訪れたとき(1:20:10)、「麦秋」の矢部謙吉と同じように、加代子(沢村貞子)は正確な内容を聞かないうちに了解していますが、ここは奥の部屋で聞いていたと取れます。しかし平一郎(佐田啓二)の方は休日なので塾も休みであることに触れていない。

     

     

    節子 「ああ、うちの子たち伺ってませんのね」
    平一郎「ええ、どうかしたんですか」
    節子 「あのお、昼間も来なかったでしょうか」
    平一郎「いやあ、今日は来ませんよ」

    加代子「どうかしたの」
    節子 「お昼過ぎまで家にいたんですけど黙ってどっかへ出てっちゃって」
    加代子「そう、そりゃご心配ねえ」

     

     

     三学期になって英語の学習内容 "This is a dog. Is this a dog?" (05:21) が初歩なのは可笑しいとの指摘もありますが、この時期の小学一年の授業がしりとり遊び(55:21)というのも、やはり不自然でしょう。ちなみに英語の方は塾で教える内容との食い違いもあり(14:45)、それは「戸田家の兄妹」で長女千鶴(吉川満子)の息子良吉(葉山正雄)が試験に出た類似の問題の間違いを、祖父信太郎(藤野秀夫)に話す場面(04:18)を再利用していますが、これは小津の日記(昭和10年10月23日)に元ネタがあります。二学期の中間テストです。

     

     

    蒲田行に電車で隣に座つた府立一中の一年生が試験問題の印刷を見ながら話してゐた

    〈僕 一番ちがつちやつたよ 僕の妹は三つで君より若いが君位背は高いと書いたんだよ〉

    僕は横目でその印刷を見ると 一番は

    〈MY YOUNGER SISTER IS 3 YEARS YOUNGER THAN YOU. BUT SHE IS AS TALL AS YOU.〉

     

     

    「浮草」('59/11) の旅芸人が志摩半島の漁村に上陸した際、子供の用を足すのが二秒足らずとは短か過ぎます(07:00)。

     

    「秋日和」('60) 法事の場面では、左右に開かれた襖が二枚ずつ、前後に一段ずれて綺麗な構図となっています。間もなく母の秋子(原節子)は、三輪周吉(笠智衆)が現れたのに気づいて娘アヤ子(司葉子)と二人で席に移るのですが、初めの位置からでは襖の陰で周吉の姿は見えないはず(04:38)。これは「麦秋」と同じ二人の役者による同じような演出です。

     

     アヤ子は間宮(佐分利信)に呼ばれて彼が待つうなぎ屋に入りますが、店内からのショットではアヤ子の右手が下っています(1:18:08)。この場面は彼女が現れてからその姿勢を整えるために、両手を前に揃えて肘を張る姿勢をとり続けていますが、店に入る時は右肘が柱に当たってしまうので、このような演出となったのでしょう。

     

     平山宅で父親の精一郎(北龍二)が帰宅してから息子幸一(三上真一郎)との会話が終るまで、画面左端に何かの影が出たり引っ込んだりしています(1:02:54)。これはカメラに付属させる部品の帯状の影が誤って映ってしまったとのこと(┿嫩錣侶世蝓法スタッフはラッシュの時にこれに気づいたのですが、影を襖の縁ということにして取り直さずに残しました。小津の日記に昭和35年10月26日「今迄のラッシュをする 面白からず」とあるのが、恐らくこの時のことと思われます。

     

    その影が写るのは十三ショットもあり、初めの二つは父と幸一、その後は全て幸一だけのショットですが、最後の彼のショットには映りません(1:06:32)。カメラの向きが変っているので、そうすることにより、ここで直ったのでしょうか。であれば、初めの二ショットを先に撮って、以降は中抜きなので次に幸一のアップ、そして父のアップと二人の引きの順に撮ったということになります。

     

     アヤ子の勤め先の屋上からの電車の走る俯瞰もどきには、友人の新婚夫婦を百合子(岡田茉莉子)と見送るものと、アヤ子一人で眺めるものとがあります。しかし実際には、この二つのショットは連続しており順番が逆です(51:49, 1:32:49)。前の方は話の流れから、電車が通過し終るところを映さなければならないので、後のショットをその前のものにしたのでしょう。また前後を入れ換えておけば見抜かれにくいと考えたのかも知れません。

     

    前のショットの映像は暗いのですが、これはフィルムの劣化とその修復が原因と思われます。下方は郵便局のトラックの並ぶ作業場であり、その門の向こう側の通りを左側から上半身ワイシャツ姿の男が通過する処でカットされていますが、その飛び具合をみると二つのショットの間は三秒ほどと分ります。どちらのショットも走り続ける列車の手前を路面電車が同じ方向に通過するのですが、わずか十秒足らずの間に、それが連続して通るところを狙って撮ったのでしょう。これは「お早よう」土手の上のように撮影を一回で済ませるため、もしくは陽の当り方を同じにするためなのか。

     

     脚本には湘南電車とありますが、実際の場所は列車が東京駅を出る処であり、画面上は右に進みます(ァ屬釜」と「蟹」のロー・ポジション―小津さんのロー・アングル)。したがって陽は右後方の南西から射しており、影が長いので午後の時間帯ということになります。しかし屋上の陽の向きはこれらと同じではありません。アヤ子と百合子のショットは右後方から差し影は短いので昼ごろ。後のアヤ子一人のショットは昼休みのはずが、右前方から低く差すので午前中の早い時間です。こちらは逆光で画面全体が暗くなっているのですが、彼女が母親の再婚の噂に悩んでいる、その心境に合わせたのだと思われます。小津は普段から説明過剰な演出を嫌い、役者の演技についてですが「『秋日和』では説明を一切省略する」とも言っていたので、ここは例外です。

     

    「麦秋」以後、小津映画には爺臭い大人の会話が頻発します。当時、監督は四十七歳。そろそろ、そういう年頃になって来ていたようです。演技指導は恥ずかしくてとても出来ないので、台詞で済ませたのでしょう。ひとつだけ短いもので例を挙げます。「秋日和」(1:24:48)

     

     

    「ハマグリは虫の毒、ちゅうちゅうタコかいな」

    「タコお付け致しますか」

    「タコはもう出来てんだ。ハマグリだよ、柔らかいとこ。ハマグリは初手か。あ、あと赤貝たのむよ」

     

     

    アヤ子が百合子宅の寿司屋に行って、女二人で二階へ上った後、それを目撃していた常連客(菅原通済)が、今日は一人多いので二つとも食べようとしています。

     

    「小早川家の秋」('61) 秋子(原節子)のアパートで甥の正夫に勉強を教える紀子(司葉子)は、カメラに近い左手を使っていますが本当は右利き(08:54)。小早川家で紀子は父万兵衛(中村鴈治郎)が倒れると病院に電話を掛けますが、その後しばらく鼻声となります(59:36)。これは彼女が涙を流したからなのか。実際に泣く場面は後にあるのですが(1:00:50)。

     

    先のように利き腕をごまかす演出はよくあるでしょうか。例えば「2001年宇宙の旅」デビッド・ボーマン船長とフランク・プールによる食事のショットでは、シンメトリーの効果を出すために船長は左手を使いますが、後に HAL とチェスをやる時は右手です。

     

     佐々木(浪花千栄子)宅で横に寝かされている万兵衛の手前には、綺麗に左右に開かれた二枚のすだれの襖が前後にあります。そこへ見舞に訪れた家族二人(小林圭樹、司葉子)は、父が寝かされている部屋の前まで来て、彼の状態を知ったように思われます。しかし初めに部屋の奥を見た時に、万兵衛の顔に布が掛けられているのが見えていたはず(1:28:06)。

     

     この作品では伝票の読み上げ算をして、その合計が 33455円になります(19:53)。小津はゾロ目が好きだったようで、「早春」には北川しげ(浦邊粂子)の台詞「8レースの 4-4 絶対だって言うもんだから」(48:53)があります。これは脚本には 3-3 と書いていたのを、競輪好きの浦邊から 3-3 はありえないと教えられて 4-4 に変えた経緯があったとのこと(㉗第二集 人物の蔭にも生身が)。「東京物語」の助監督であった今村昌平は実家が医者だったので、セットに作られた医療機器の並べ方の可笑しいことが分り、それを小津に指摘して直しました(小津美学の秘密)。「麦秋」病院の研究室では、覗いている顕微鏡の向きが逆なのをスタッフ、キャストが誰も気づかず、上映後に観客から指摘されてしまったとのこと(34:58)。しかしすでに「淑女は何を忘れたか」でも同じ誤りを犯していました(08:47)。

     

    「秋刀魚の味」('62) ゴルフ場で平山幸一(佐田啓二)の背後を左に歩いて行く、赤と黄色のセーターを着ている女二人は、ショットが代ってから再び映った時に、その歩く速さに比べて後ろにずれているのが分ります(52:04)。これはショットのつなぎにある動きを空けずに重ねたということの類型です。

     

     路子(岩下志麻)の嫁入りの日、父の周平(笠智衆)が「じゃ、出掛けるか」と促すと、彼女は立ち上がり父の前に歩み寄ります。周平はじっと路子の様子を見ているのですが、まるで彼女がこの後、何をするのか知っているように見えます(1:38:12)。脚本では路子が義姉の秋子(岡田茉莉子)に手を添えられながら立ち上がって、父に最後の言葉を掛けることになっており、「晩春」は先に行こうとした父が、彼を呼び止めた娘の方に振り向いていました(1:39:30)。「秋刀魚の味」ではこの後の会話で二人の頭部がずれるのと同じように型を強調しているようです(「◆小津の文法(1)−会話」参照)。

     

     ロー・アングルのために、小津映画では茶の間などで電灯がよく映されますが、それが揺れているとセットであることが知れます。中には回転しているものもあります。「晩春」曾宮家(35:36)、「麦秋」間宮家(43:44)、「東京物語」平山家(1:48:16)、「彼岸花」平山家(11:30)、「秋日和」間宮家(30:36)、「秋刀魚の味」平山家(13:44)、その他多数。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

    ◆隠された演出(7)−階段

    • 2018.04.27 Friday
    • 11:26

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    階段 【参考文献】

     

     

     

     津映画では階段の上り下りの場面がよくありますが、横方向から撮ることによりそれが直接見えなくても、その時間が正確に計られて自然であると言われたことがあります。しかし実際にはずっと早いはずです。でなければ観客はその間を長く感じてしまうでしょう。それでも「晩春」友人アヤ(月丘夢路)と紀子(原節子)が二階へ上がる時は、紀子が姿を消してから、二階に現われるまでには7秒あり(37:50)、しかも彼女がアヤを急かすようにするのでここは自然です。

     

    ところが「麦秋」田村アヤ(淡島千景)と紀子(原節子)のそれは急いでいるわけでもないのに4秒しかありません(53:39)。蓮實はこのような時、階段が見えないので二階が宙に浮いているように見えると述べますが(住むこと―階段の存在)、主観の問題でしょう。階段がしっかり示されていなくても上り始めに段を踏んでいるのは分ります。役者がその足元を見ているものも多くあります。にも関わらず上り下りが早過ぎるので、まるで同じ階にある部屋に移動したように思えますが、これも主観。

     

     トーキーの初めからみていくと、「一人息子」で少年時の良助(葉山正雄)が秘密がばれて階段の中程に隠れて腰かけているのを、母親(飯田蝶子)に呼ばれてゆっくり下りていくものがあります(08:38)。以後「父ありき」まではありません。おそらく「晩春」の紀子が自室に駆け上がるときの3秒が最短でしょう(1:08:47)。「宗方姉妹」三村亮助(山村聰)の15秒(1:37:25)は泥酔状態のため最長ですが、この作品で階段の上り下りはここだけなので唐突です。原作の彼は酒浸りではなく、その死に方も異っていました。

     

     下にその他の階段の上り下りを挙げてみます。場所の省略は主人公の自宅ですが、「浮草」だけは本間お芳の「つるや」を省略。時間の *付きは下りを表し、こちらの方が少ないと予想したのですが余り差はありません。やはり上れば下りてくるのが当然で、場合によっては上りを省略したり下りを強調したりもします。

     

     

     階段の上り下り(場所の省略は主人公の自宅、* 付きは下り)

     

     「風の中の牝鷄」

       
    人物 場所 位置  時間
    雨宮時子(田中絹代) 10:52  5秒*
    時子  11:36  5秒
    時子  12:18  5秒*
    井田秋子(村田知英子) 25:01  6秒
    時子  36:58  6秒
    時子  40:01  4秒
    秋子  45:10  5秒
    女将(岡村文子) 桜井宅    1:00:24  6秒
    小野田房子(文谷千代子) 桜井宅   1:04:17  4秒*

     

     「早春」

       
    人物 場所 位置  時間
    杉山昌子(淡島千景)   19:44  4秒*
    杉山正二(池部良) 1:03:48  4秒
    正二  1:04:15  4秒*
    正二  1:04:39  4秒
    坂本(加東大介) 1:05:03  6秒*
    正二  1:07:32  4秒
    正二  1:11:07  3秒*
    正二  1:11:28  4秒
    正二  1:41:11  4秒
    昌子  1:43:57  3秒*
    北川しげ(浦邊粂子) 「喜多川」  2:06:41  3秒
    正二 三石の寮  2:20:04  5秒

     

     「東京暮色」

       
    人物 場所 位置  時間
    孝子(原節子) 1:34:56  4秒
    相島喜久子(山田五十鈴) 麻雀荘    1:40:43  6秒*
    下村義平(藤原釜足) 病院  1:57:12  5秒*
    孝子 麻雀荘  2:00:43  5秒
    喜久子 麻雀荘  2:01:43  8秒*

     

     「浮草」

       
    人物 場所 位置  時間
    駒十郎(中村鴈治郎)   22:08  3秒
    駒十郎  23:30  3秒*
    すみ子(京マチ子) 楽屋     37:52  4秒
    すみ子 楽屋  45:30  4秒*
    すみ子 楽屋  46:28  5秒
    本間お芳  50:25  4秒
    駒十郎  51:00  4秒*
    本間清(川口浩)  1:01:45  4秒*
    正夫(島津雅彦) 楽屋  1:34:23  5秒*
    加代(若尾文子)  1:51:18  3秒
    清  1:51:40  3秒*

     

     

    「晩春」までは実測値に近く、後の作品は体感速度によると言えるでしょう。それらは4秒が標準です。端数を考慮しても5秒未満。しかし始めや終りが襖などの陰に隠れている場合もあり、そこまでの時間を除けばまだ短くなります。仮に段数を十二段とすると全体が4秒では1秒当り三段となり急ぎ足。1秒二段の全体6秒が現実的ではないでしょうか。これはマーチのテンポです。「東京暮色」にある病院や麻雀荘は一般の家屋ではないので、二階が高いとみなして長くとっているのでしょう。

     

    「早春」の坂本は千鳥足のため遅くなっています。正二の二番目の下り3秒は、妻昌子に階下から呼ばれているので早く降りています。ここは観客の感じ方を特に考慮しているのでしょう。しかし逆に動作がゆっくりなこともあり、かなり不自然です。さらに障子や柱の陰で下りる状態が見えないため、正に隣の部屋もしくは SFの瞬間移動のようです。昌子の後の方も夫を咎めてからなので緊張感があり早くなります。北川しげも先に上った娘昌子を追っているので早い。

     

     三石の寮では、正二が実際に階段を上がる処を映すので長くなっています。これは「風の中の牝鷄」では全般的に当てはまります。「東京暮色」麻雀荘の孝子5秒は歩く速さに比べて短く、二階に上ってくる彼女が映され始める処で時間が飛んでいるように見えます(2:00:46)。喜久子の下りは長く、後の方はゆっくりなので更に2秒の差が出ています。しかし、どちらも玄関を通る間があるので不自然ではありません。

     

    「浮草」は作風に合わせて全体が早めです。そして楽屋、「つるや」とも階段の上り下りが映される場合が多いので、足元が見えなくても体の動きや音で段数が分ります。これらも一定ではなく、急いでいる時は増える傾向にあります。どちらの階段も多くても十段ほどしかないのですが、これは現実的な段数にすると遅過ぎてしまうからでしょう。「つるや」の階段が正面から映るときは(1:01:53)、最上部が暖簾で隠れますが、見えるところだけでも8段あるので、それ以下の段数(赤字)では理屈に合いません。

     

     

    「浮草」階段の段数(*付きは下り)

     

     楽屋

      すみ子  8段、9段*、10段

      正夫   9段*

     

    「つるや」

      駒十郎  9段、8段*、7段*

      お芳   6段

      清    7段*、9段*

      加代   8段

     

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

    ◆隠された演出(6)−繰り返すネタ/贔屓

    • 2018.04.25 Wednesday
    • 10:37

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    繰り返すネタ/贔屓 【参考文献】

     

     

     

    繰り返すネタ

     

     じ動作の繰り返しを複数人で主にシンクロしながら、小津映画にはよくある場面です。これとは別に似たような出来事が複数回起る場合があり、それらは後の出来事がわざとらしくならないように、または後の方を前の出来事が暗示するように仕組まれています。

     

       
    1. 「一人息子」親子で内緒ごと―息子が少年の頃は担任に中学へ進学すると言い(08:50)、成人してからは妻帯して子供もある。そして転職までしている(17:38, 20:02, 21:48)。母親は彼の教育費のために家や畑を売り払って工場の長屋暮らしをしている(54:42)
    2. 「父ありき」親子で川釣り(父親との別れにつながる)―前は父親が告げる(22:10)。後の方は竿を右から左に流すサスペンスであり、父との死別を暗示している(52:10)/息子が食後にごろ寝―これも父親との別れの前兆だが(26:50, 1:17:12)、やはり後は父の死につながる。息子は少年時代にこの行儀の悪さを窘められるが、成人しても改めない
    3. 「風の中の牝鷄」階段を落下物―前は空き缶(54:08)、後は妻(1:14:50)。どちらも夫の暴力による
    4. 「早春」夫が連れて来た知人を二階の部屋に泊める―前は夫婦の仲人で妻も好意的(19:30)、後は夫の戦友たちで妻からひんしゅくを買う(1:02:44)
    5. 「彼岸花」夫の着替え四種(起承転結)―娘の縁談話(11:42)、結婚相手を勝手に決めた娘に対する怒り(1:06:54)、娘の結婚を許すが式には出ない(1:20:35)、仕方なく娘の結婚式に出る(1:33:40)
    6. 「お早よう」支払滞納―婦人会の会費(03:42)と給食費(1:12:59)/家電製品の購入―洗濯機(9:56)、テレビ(1:25:17)/訪問販売―押し売り(26:32)、防犯ベル(33:28)、販売ではないが翻訳の依頼(21:19, 1:04:15)、台詞だけだが自動車のオースチン(23:18, 1:21:11)、最後は家電製品(1:25:17)で目出度しめでたし
    7. 「秋刀魚の味」妻が独り食い―葡萄(17:06)と夕飯(1:18:08)。前は先に寝たがる夫に不満だが、後は夫を連れ出した義父に好意的

       

    *「父ありき」にある行儀の悪さは、芝居としての直接の意味はありませんが、親の躾を無視している内に死別する、と考えると辛いものがあります。

       

     

     

     

    贔屓

     

    「東京暮色」冒頭の小料理屋「小松」では、女主人お常の台詞「旦那、牡蠣いかがですか、一緒に来たんですけど 的矢 まとや のが」の後、志摩、 安乗 あのり 波切 なきり 賢島 かしこじま (ここは真珠の養殖が行われている)などと筋に絡まない地名がぽんぽん出て来ます(04:27)。この場面は唐突な感じですが、これらは三重県の湾岸一帯の名で、小津自身が育った地方の宣伝をしているのです。恥ずかしながら知っているものが一つも無かった。近い処で御前崎、浜名湖(ここは鰻と牡蠣の養殖が行われており、潮干狩りも出来る)、 久能 くのう (苺狩りができ、山を登ると動物園がある)、三保(水族館がある)、 興津 おきつ なら言える。

     

    「お早よう」はキノエネ醤油の箱がたびたび映ります。おでん屋では一回だけだですが(*付き)、家庭にあるものは移動までして、すべて合わせると八場面もあります(09:22, 16:23, 24:41, 32:18, 36:00*, 59:54, 1:10:51, 1:14:05)。そのうちの二ショットは作品の予告編(㉘第一集)でも使われています。この箱は醤油瓶を何本も詰めておくものなので、一般家庭に置かれることはないはずですが、それでもキノエネ醤油を宣伝するのは、そこが小津の妹登久の嫁ぎ先だったから。「お早よう」製作時の小津の日記に「野田から 信三(小津の弟) 醤油もって来所」(昭和34年 2月 3日)とあります。さらに「秋刀魚の味」では恩師の佐久間(東野英治郎)が住む場末の横丁に、キノエネ醤油の看板が掲げられています(26:32, 34:33)。

     

    「浮草」の床屋「小川軒」のあい子(野添ひとみ)には同姓で敦子という名のモデルあり。蓼科の雲呼荘で小津が脚本執筆中に茅野の店から出張サービスをしていたとのこと(蓼科映画祭)。小津の日記に「茅野の床屋敦子来て髪を刈ってもらふ」「小川軒敦子くる 散髪」等とあります(昭和35年 2月26日、同年 5月24日)。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

    ◆隠された演出(5)−姉妹作

    • 2018.04.22 Sunday
    • 09:24

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    姉妹作 【参考文献】

     

     

     

     イレント作品「出来ごころ」('33/09) の元の題名「長屋紳士録」は暗いということで改めさせられ、次の「母を恋はずや」('34/05) も、同様に「東京暮色」から変更させられました。そして反古となった題名は、どちらもトーキーになってから後の作品で流用されています。

     

     しかし実際の「長屋紳士録」('47) は、かあやん(飯田蝶子)が主人公なので適切とはいえず、「東京暮色」('57) の方は父親の心境を表すようですが、これも暮色は父親より母親、元の作品の方が意に合いそうです。その内容も娘が死ぬ悲劇的結末なので暮色ではないでしょう。

     

     これらの先の題名が暗いといわれたのは、二つとも漢字だけから成り、紳士録、暮色の言葉の印象からくる硬さ等にあったでしょうか。さらに、これらの前の二作「東京の女」('33/02) 「非常線の女」('33/04) につづく題名として「長屋紳士録」「東京暮色」では見劣りしたのかも知れません。

     

     日では「長屋紳士録」「出来ごころ」は似たり寄ったりの印象を受けます。「東京暮色」は今も昔とそれほど変りないと思われますが、変更後の「母を恋はずや」では全く今の時代には合いません。つまり変えた後の題名は、どちらもその時代にはぴったりでした。戦後になって「長屋紳士録」が認められたのは敗戦による影響で、「東京暮色」の方は、その後の「晩春」に始まる小津の評価の高まりによると言えるでしょうか。

     

     題名の良し悪しは別として、「出来ごころ」と「長屋紳士録」は同じ長屋ものでも全く異る作品といえます。強いて共通点と言えるのは、長屋に転がり込んだ身寄りのない者が、主人公に受け入れられながらも離れていくという処くらいでしょう。

     

     ーム・ドラマの二作「母を恋はずや」「東京暮色」もそれほど似ているわけではありませんが、よくみると非常に対照的な内容となっていることが分ります(以下のリスト参照― + は * からの帰結)。小津は「東京暮色」の脚本を書くに当り、「母を恋はずや」を下敷きにして、その反対をやろうと考えたのだと思われます。このため暮色という名の悲劇になってしまったのでしょう。とくに「妹は異父(と疑う)」はかなり不自然なので、無理やり当てはめた影響がもろに出てしまったようです。妹はものすごい形相で自分の本当の父親は誰なのかと母親に迫りますが、そんなことより母の失踪を責めるか、その原因を問い詰めるのが筋です(後に書く「◆アンチ小津(2)−悲しみのドラマ」参照)。

     

     

     「母を恋はずや」     「東京暮色」

     

      母親の悲哀を描く     父親の悲哀を描く

      家族構成―母兄弟     家族構成―父姉妹

      片親と死に別れ      片親と生き別れ

      兄は異母*         妹は異父(と疑う)+

      上の子がぐれる+     下の子がぐれる*

      問題収束         悲劇的結末

     

     

     津は他の作家から筋を拝借する場合も、性別や上下関係、依存関係等を入れ替える、同じようなカムフラージュをよく施しています(「◆小津と漱石(1)−個人主義と矛盾A 場面の拝借」「◆隠された演出(1)−劇中劇」「◆隠された演出(3)−読書」、後に書く「◆アンチ小津(1)−アンチ「東京物語」」参照)。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

    ◆隠された演出(4)−伏線

    • 2018.04.20 Friday
    • 09:44

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    伏線 【参考文献】

     

     

     

     津の映画には伏線が殆どありません。たとえ見落としたとしても全体の意味は理解でき、そもそも単なる説明との区別が曖昧で、これも過剰な演出を避けていたからだと言えます。トーキーで伏線があると思えるのは「麦秋」「彼岸花」の二作品。なお「東京物語」では母親の言動が伏線だったことを葬式後に暴露するので、ここには挙げません。

     

    「麦秋」(16:16)

     

    周吉「お前、そんな事思っているから、いつまでたったってお嫁にいけないんだ」

    紀子「行けないんじゃない、行かないの。行こうと思ったら、いつでも行けます」

    周吉「うそつけ」

    史子「でもお医者さんだったらお止しなさいね」

    紀子「もちろんよ」

    *予告通りに紀子は自分の意志で医者の処へ嫁に行く。後の台詞はおふざけなので「もちろんよ」と答えた彼女も本心ではない。

     

     

    「彼岸花」(30:50)

     

    「ねえ、節子さん、同盟結びましょ」

    「なあに、同盟って」

    「ううん、うちな、お母ちゃん無理言うたら助けて欲しいんどすわ。そのかわり、うちも助けます」

    「ええ、いいわ」

    「いやあ、お願い頼んまっせ」

    *小津映画の中で一番臭い伏線。美人女優三人が出演する初のカラー作品ということで弾けたかったのか。ともあれ、これ以上のものが無くて良かった。

     

     

     詞だけの伏線と思えるのが以下の二つ。

     

    「早春」(11:24)

     

    辻 「なあ、おれ今度の日曜、かみさんと約束あるんだけどな」

    青木「何処行くんだ」

    辻 「デパート行くんだ」

    千代「何言ってんの、誘惑してやるぞ」

    青木「ああ、してやれ、してやれ」

    *この後、千代は会話の相手ではないが杉山を誘惑する。

     

     

    「秋日和」(58:58)

     

    「君は、よっぽどお母さんが好きだねえ」

    「そうでしょうか。でも、よく喧嘩もしますわ」

    「それが好きな証拠だよ」

    *この後、娘は母に喧嘩を売るが最後は仲良く伊香保旅行。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)