◆構図至上主義(1)−「晩春」の通勤電車

  • 2018.02.16 Friday
  • 18:54

 

JUGEMテーマ:日本映画の監督

 

 

「晩春」の通勤電車 【参考文献】



   津は総てのショットにおいて、自らその構図を決めていたと言われます(厚田雄春氏インタビュー p.261)。おそらく、一般にはこれを明らかなこととして、実際の映像にはあまり注意が向けられていないようです。例えば蓮實重彦の指摘する「晩春」での通勤時の電車のたぐい稀な運動感(立ちどまること−小津的な運動)は、車内における構図もその要因の一つと言えるでしょう。


   そこでは初めに引きで車内を広く撮り、左側の吊り革につかまる乗客の間に、座席の五人の横顔を映します(図1 11:00)。手前の女の客は読み物をして俯いているので一番低くなるのですが、他の客は前を向いており、その座高差により滑らかな曲線を描いています。次のショットは寄りで右側の吊り革につかまる紀子(原節子)と父周吉(笠智衆)が現われます(11:06)。二人は右ききでありなが、どちらも左手で吊り革につかまり顔をよく見せています。体も少しカメラの方に向けているでしょうか。

 

「晩春」の通勤電車 1b
 図1











 

   車の滑走で時間の経過を示した後、今度はクローズアップで紀子一人が吊り革(図2 11:35)、周吉は空いた席に座っており(図3 11:41)、彼を強調して見せるために左右の乗客は俯いています。ここでは周吉と紀子によって、小津のオリジナルである、同じ向きで視線の合う指向性の会話が行われます(後に書く「◆小津の文法(1)−会話」参照)。

 

「晩春」の通勤電車 2b 「晩春」の通勤電車 3b
 図2  図3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   らに二ショットを使った電車の滑走による長い時間経過の後、車内での少しの寄りで紀子が周吉の横に座ります(図4 12:26)。彼女は目立つように奥の周吉や他の乗客よりも頭を下げており、手前の学生も先ほどよりも深く、彼女と同じだけ俯いて構図を整えています。ここで始めのショットとは引きと寄りの差をつけながらも左右対称になり、もう一度電車の滑走を映してから最後に同じ構図をとります(12:47)。

 

「晩春」の通勤電車 4b
 図4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ころで、紀子の手前の学生は周吉の横、紀子が座った処にいたはずですが、これは恐らく反対側の席が空いたので、彼女を周吉の隣に座らせようと気を利かせて横に移動したのでしょう。あるいは、ここでの学生は顔がはっきり映されませんが、別人なのかも知れません。そうであれば蓮實が指摘するように、大勢の客の乗り降りがあったために紀子が座れたのと同じく、似たような学生がその隣に座ったことになります。それとも初めから二人の学生が座っていたのか。何れにしても、左右の乗客が周吉一人の時と同じように見えるので彼らは目立たず、紀子が座ったことが強く示されています。

 

   さらに座席の乗客は初めに映る左側(図1)と、周吉がひとりで座っていた時(図3)や最後の右側(図4)との顔ぶれが似ていることに気づきます(それぞれの矢印)。前者の俯いて読み物をしていた女性客と、後者の周吉の左隣の客は姿勢や髪型、服装が似ており、加えて前者の一人おいて右と、後者での周吉や紀子の右には雰囲気のよく似た学生が座っています。さらに又、左側の滑らかな曲線を描いている五人の乗客は、奥から二番めの女が両隣の男を抜いて一番高く見えます。彼女は尻の下に敷物でもしているのでしょうか。反対に一番奥の男はかなり低いので、腰をずらして浅く座っているのかも知れません。

 

   もあれ、これらのさり気ない不自然さにより、場面の統一感を表していることが知れます。それはその途中にあった、視線の合う指向性の会話も大きな要因といえます。顔の映される人物は、吊り革の周吉が紀子に話し掛ける時だけ、正面よりやや左を向いてアクセントを付けますが、その他は始めから六ショットの間ずっと右を向いており、最後に紀子が座ると全員が左を向いてオチとなっています。

 

【参考文献】

 

 (本文ここまで)




 

 

 

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  • 2020.05.16 Saturday
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