◆普遍性(3)−面白い台詞

  • 2018.03.14 Wednesday
  • 05:21

 

JUGEMテーマ:日本映画の監督

 

 

面白い台詞 【参考文献】



   津映画の台詞を聴いていると、初めのうちは戸惑いもしますが慣れてくると、その映像と同じくとても面白い。それは台詞も映像のように写実を棄てて普遍化しているからです。まず気がつくのは最後まで語尾を濁さずしゃべる。全体の輪郭もはっきりしている。アクセントは誇張する。心地よい一定のテンポとリズム(この一定のというのが曲者で、慣れない人の耳にはそう聞こえても、実際は適当に変化します)。テンポは文字通り速さ。リズムの方は例えば音楽でタッカタン、タッカタンと鳴るそのリズムが一定ということ。

 

そして一貫した語尾の崩し―「会社へ行きゃ」を「会社ィ行きゃァ」と表現する等々(中村伸郎談)、特定の言いまわし―「お茶漬の味」「そうなるんだ、あとで後悔するんだ、わかってるんだ」(1:54:29 鶴田浩二)、「早春」「いい話なんだ、面白れえんだ」(07:44 池部良)、(同上)「そうはいかねえんだ、心配事あんだ」……「人には言えねえんだ」(2:01:23 高橋貞二)等。


これらにより同じ台詞を他の役者がしゃべっても同じように感じられます。小津はこの台詞を先に自分で示していたとのこと。「まず本読みに行きましたら、全部ご自分でセリフをおっしゃって、声の高さからセンテンスから全部決められる」(Р田茉莉子談)


フランス語は鼻に掛かったような甘ったるい語感が特徴的ですが、フランス映画の台詞の中には逆にとんがったものもあります。例えば「天井桟敷の人々」の悪漢ラスネールや「オルフェ」の主人公。これらは性格描写か、あるいは方言から来るものか、それ以外のものなのか判然としないのですが、小津映画の台詞に対する外人の解釈も、せいぜいこんなところでしょう。それは感情のこもっていない棒読み。実際、オマージュものは大概そんな風にしゃべっています(日本のものでも!)。小津の「自分の映画は外国人には理解できない」という主張(◆屬早よう」海を渡る)は少なくとも台詞については言えることです。


   津が「いはでものこと」(ぞ津自身による発言・文章)で取り上げている谷崎潤一郎「文章読本」の中で、台詞について特に関わりがあると思われるものに、終章「三 文章の要素」最後の二項、「品格について」と「含蓄について」があり、これらの全てが小津映画で実践されています。彼は初トーキー「一人息子」の前年にこれを読んでいました。

 

 

   ○ 品格について

 

 一 饒舌を慎むこと

  イ あまりはっきりさせようとせぬこと

  ロ 意味のつながりに間隙を置くこと

 

 二 言葉使いを粗略にせぬこと

  いやしくも或る言葉を使う以上は、それを丁寧な、正式な形で使うべきであります。

  真に嗜みのある東京人は、日常の会話でも、割合正確に、明瞭に物を云います。

  下町の町人や職人などがぞんざいな物云いをする時でさえ、「おらあ」(己は)とか、

  「わッしゃあ」(わッしは)とか、「なにょー」( 何を)とか云う風に、ちゃんと口

   の内でテニヲハを云っている。

 

 三 敬語や尊称を疎かにせぬこと

  敬語の動詞助動詞は、美しい日本文を組み立てる要素の一つとなっております。

 

 

   ○ 含蓄について

 

 この読本は始めから終りまで、ほとんど含蓄の一事を説いているのだと申してもよいのであります。

 ほんとうに藝の上手な俳優は、喜怒哀楽の感情を現わしますのに、あまり大袈裟な所作や表情をしないものであります。

 


   語家の立川志らくは、小津映画について「どうってこともなく繰り出されるそれらのフレーズの、なんともいえず心地よいこと」と言っています(欧泙襪婆梢余さんのように―名人のフレーズ)。台詞に限らず演出全般に渡って、ついには「小津映画は落語だ」とまで主張します。


単純に考えて小津映画で落語に似ているのは「お早よう」でしょうか。とぼけていて長屋の熊さん、八っつぁんのようなおばさんたち。あとは一連の喜八もの(これは喜八という人物が登場する「出来ごころ」「浮草物語」「東京の宿」「長屋紳士録」のこと)。ただし「東京の宿」の前半のだらだら感は外れます。ネタとしてはサイレント「生れてはみたけれど」「シマウマは白い処に黒い縞があるのか、黒い処に白い縞があるのか」(59:34)、「出来ごころ」「海の水は何故しょっぱいか知ってるかい」(1:25:15)。


   ぐに思いつくのはこれくらいですが、小津の細かい演技指導などは、落語での時には扇子を使って行われる演技に似ているかも知れません。笠智衆は小津の演出について次のように言っています(β萋鷯蓮仝世錣譴襪ままに)。



「メシを食ったり、酒を飲んだりしながら台詞を言わなきゃいかん。その時の小津演出は、箸の上げ下げからオチョコの置き方、ご飯をゴクンと飲み込む喉の動かし方まで、それこそ一から十まで決めていく」

「父ありき」食事の時、息子に自分が東京に出るので別れて暮らすことになるという話をする前に、箸を見て目線を橋の柄からさきの部分に移動し、それから話し始める。箸を見て「1、2、3」で話し出す(27:18)

「落第はしたけれど」質入れで得た一円札をジーッとみる。初めに片方の端を見て、それからもう片方の端に目線を移し、その後顔を上げる(55:29)



「秋刀魚の味」路子役の岩下志麻は、三浦(吉田輝雄)に振られた後の演技について述べています。「その悲しみを出すためにね、ミシンの傍へ行って、巻き尺を右に三回、左に二回、巻き戻してバラッと下ろして、それからまた右に三回で、一つ唾をのんで……セリフ何もないんですけど……ボヤッとして下さいっていうんですけど」(1:30:23 Т箍嫉嵋稈漫


   津映画と落語の一番の類似点は、おそらく志らくの指摘する「フレーズの面白さ」、台詞は説明するものではなく聴かせるものだということ。ただ聴いているだけで面白い。それから人物に対しての真正面からの切り返しショット。しかし「秋日和」以後の小津のカラー作品は、人物の顔も正面を向いてやり過ぎのようで、それらは何度見ても違和感があります(後に書く「◆小津の文法(1)−会話」参照)。もし落語でこれをやるとなると、演者も背景も変らないので熊さんと八っつぁんの区別がつきません。小津の人物が同じ方を向く視線を越えての切り返しは面白いのですが、こればかりやっていると、やはり単調なので効果のある処で控え目にやっています。しかし、これも落語らしくはありません。


   らに志らくによると、師匠の談志が唱えていた落語の「業の肯定」の世界観が小津映画にはあるとのこと。

 


「努力すれば報われるというのは理想であって、努力したってダメなものはダメなんだ、……人間ってのはもともとそういうものなんだから、いいとか悪いとかじゃなくて、まるごと認めちゃおう」(殴ぅ澆呂△蠅泙擦鵝従津的ニューシネマ)

 


これは漱石の唱える矛盾に通じます。漱石は落語の愛好家であり、「二百十日」など自身の作にも落語があります。小津もよく落語を聞いていたようで、例えば日記には昭和30年 4月28日「白木屋の落語の会にゆく 小さん 三木助 馬生 柳橋をきく」とあります。


   た漱石の「三四郎」には落語評があり、彼の時代の三代目柳家小さんについて「小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい」と悪友の与次郎に言わせていますが、これは小津の「感情が出せても、人間が出なければいけない」に相当します。志らくは小津と五代目柳家小さん(ややこしいですが、芸風が同じ演者が襲名するのでしょうか)の共通点として「抑えの芸」があると述べています。これらは何れも演者の個性をなくして普遍化していると言えます。


   して志らくはフレーズの面白さによって、小津映画は落語と同じように何度も繰り返し見たくなると言います。それはストーリーではなくフレーズを楽しんでいるということですが、逆にストーリーが分っているから楽しめるとも言えるでしょう。例えばクラシック音楽のサンプルCDなどは、これだけ聴いても決して面白くはありません。つまり面白いフレーズというのは前後のつながりを楽しんでいるのです。さらに鑑賞後の余韻も作品に馴染んでいるほど味わい深いものです。


芥川龍之介「愛読書の印象」には、「ジヤン・クリストフ」を再読しても昔ほどの面白味はなく、これは年齢のせいかと思ったが、同時期に読んでいたものでも「アンナ・カレーニナ」は二三章読んで昔のように有難い気がしたとあります。これら繰り返し楽しめるものは、やはりそこに普遍性があるからなのです。

 

【参考文献】

 

 (本文ここまで)




 

 

 

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