◆小津の演出(2)−悪いやつの出る映画

  • 2018.03.25 Sunday
  • 11:22

 

JUGEMテーマ:日本映画の監督

 

 

悪いやつの出る映画 【参考文献】

 

 

 

 田喜重監督が小津から最後に聞いたという言葉「映画はドラマだ、アクシデントではない」(小津安二郎論再考А砲凌唇佞浪燭。前年の小津語録に「映画ってのは、あと味の勝負だと僕は思ってますよ。最近は、やたらに人を殺したり、刺激が強いのがドラマだと思っている人が多いようだけど、そんなものは劇じゃない。 椿事 ちんじ です」(映画はあと味の勝負 砲箸いΩ斥佞あります。

 

外来語として片仮名にすると意味がずれる場合がよくあるので、ドラマ(drama)とアクシデント(accident)について、それぞれ新明解国語辞典 第六版(三省堂)、新英和辞典 第七版(研究社)で引いてみることにします。

 

 

   
  • ドラマ「演劇、戯曲。広義では現実に起こる人間臭さにあふれる物語や、実際に起こった感動的な出来事」、
  • drama「演劇、脚本、劇的事件」

 

  • アクシデント「思わぬ事件、事故」
  • accident「偶然または不慮のよくないできごと、事故、災難」
   

 

 

これで吉田に語った最後の言葉は

 

 

 「映画は感動的な出来事だ、事件や事故ではない」

 

 

となります。ここで、小津の言う「悪いやつの出てくる映画は作りたくない」(「◆小津と漱石(3)−個人主義と矛盾B30 悪事を嫌悪」参照)の「悪いやつ」を「事件を起こすようなやつ」と解釈します。すると語録にあった文は

 

 

 「事件を起こすようなやつの出る映画は作りたくない」

 

 

つまり映画で事件を扱うことを否定したことになります。したがって、吉田に語った言葉と同じ意味にとれます。

 

 イレントで犯罪を扱ったものが処女作の「懺悔の刃」以後、「突貫小僧」「朗らかに歩め」「その夜の妻」「東京の女」「非常線の女」「東京の宿」と数は挙げられますが、主人公の更生物がほとんどで、悪を懲らしめるというような内容の作品はありません。

 

 作品のテーマに直接つながらない小悪事が出て来るときも、小津はまともに扱おうとはせずに不問の立場をとります。たとえば「浮草」の仲間の金品を盗んでドロンしてしまう吉之助(1:29:23)、「お早よう」の押し売りと防犯ベルの二人組など。前者は仲間を裏切る行為でもありますが、どうせ彼もこの先苦労する身、ここは災難と思ってあきらめる。後者の二人組は飲み屋で主人公らと遭遇するが、お互い顔を知らないのでやり過ごす(34:55)。

 

 通なら主人公が帰宅してから、この家にも来ていた押し売りのことが話題となり、もしやさっきの店にいた二人ではないか、などという臭い芝居になるところですが小津はやらない。しかし二人組を出したからには、もう一捻りあっても良かったのではないでしょうか。彼らの被害にあった富沢とよ子(長岡輝子)の夫である汎(東野英治郎)が同じ飲み屋に居合わせてもいます(作者は意図していたでしょうが)。彼は定年を前にして落ち込んでおり、とよ子は押し売りされ、おそらく防犯ベルも買わされて盗人に追い銭しているので(33:54)、たとえば興に乗った汎が二人組に酒を振る舞ってさらに追い銭するなど。

 

【参考文献】

 

 (本文ここまで)




 

 

 

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