◆小津の演出(7)−第一稿が決定稿

  • 2018.04.06 Friday
  • 12:00

 

JUGEMテーマ:日本映画の監督

 

 

第一稿が決定稿 【参考文献】

 

 

 

 画監督の仕事は大きく分けると脚本、撮影、編集の三つになるでしょうが、これらの何れを好むのかは監督によって異なり、それが作風にも現われています。世界の黒澤は撮影を好み、特撮の神様と謳われた円谷英二や小津を崇拝するヴィム・ヴェンダースは編集好きです(㉚「八月の狂詩曲」をめぐって)。黒澤のように撮影を好む映画監督は、世界に一人しかいないだろうとヴェンダースは言っており、なかには脚本を書かない監督もいるので、編集を好むのが一般的のようです。絵画の世界でも大作を濫作したルーベンスは、下絵を描いた後は弟子たちに色を塗らせておき、仕上げとしてハイライトなどに手を入れていたとのこと。

 

ここで好むというのは重視するということでしょう。小津は脚本を重視して第一稿が決定稿、脚本ができ上れば作品の八割は完成ていると言い切っています(帰還第一作に着手する、㉘第三集 インタビュー集 浦岡敬一談)。これは製作に要する期間という意味にもとれますが、晩年の小津の脚本と撮影はどちらも三ヵ月ほどなので、「脚本が作品の八割」というのは、脚本を仕上げれば大幅な変更はないということだと思われます。

 

 かし小津の言っていた「第一稿が決定稿」には、印刷された脚本には手を加えなかったというような神話性があるようです。野田が「昔は第一稿は即第一決定、直しがちょいちょい出るのはトーキーがむずかしくなったことか……」と言ったように( 愾畚奸找談)、明らかな間違いがあれば訂正し、演出時の何らかの不都合やロケの関係で変更することもあったでしょう。実際に「戸田家の兄妹」昌二の台詞の追加や、「東京物語」尾道での京子の現れ方、敬三の位置が変るショットの追加等々、この程度の変更はたびたび行われていました(「◆小津と漱石(5)―C29 いいお天気」「◆構図至上主義(2)―「東京物語」の名場面」参照)。その他に、脚本と映像で違いのあるものの例を挙げます。

 

「宗方姉妹」で姉(田中絹代)に対する義兄(山村聰)の暴力に激昂した満里子(高峰秀子)が、二度に渡って両手につかんだ凶器を投げ落しますが(1:25:58)、脚本にはこの間について「咄嗟に床の間に置いてあるピッケルを握って亮助を追う」としか書かれていません。そのため先に彼女が手にした物が何であるかは不明。とはいえ、この変更は多少の喜劇性も加わって成功していると思われます。

 

「東京物語」の紀子(原節子)が勤め先で、義母(東山千栄子)の危篤の知らせを電話で受ける場面は(1:36:02)、脚本では自席に戻った後、彼女が非常梯子に出て考え込むことになっています。それのある建物を使えなかったのか、実際の映像では非常梯子のない、したがって彼女の映らない事務所の周りで建設工事が行われており、鉄筋がむき出しとなっていることもあって不可思議な印象を受けます。紀子の方は、かりに非常梯子があったとしても、彼女がそこに出ていたら仕事をサボったことになってしまい、実際の演出だけで充分表現されているので省略したとも考えられます。

 

「早春」のハイキングの計画を立てる場面は、左右の二組に分かれて話し合いをします。「何処行くんだ」の台詞が本編では左のグループにいる青木(高橋貞二)になっていますが、脚本は右の杉山(池部良)です。これでは「何処行くんだ」の前後で台詞ごとにグループの左、右、左と短いカットのつなぎになってしまいます。そこで杉山の台詞を左の青木に代えることにより、ここでの三つの台詞は左側の人物だけとして一つのショットにまとめたように思えます。しかし、そんな単純なことなら脚本の執筆段階で気づいていたでしょう。さらにこの場面では、台詞ごとに連続でショットを切り換えている処が他にはありません。それは作品の全般的なカメラ固定の演出に合わせているためです(「◆変な小津映画(2)−変な「早春」」参照)。

 

したがって、ここの台詞も初めは杉山のいる右だけにする積りだったのでしょう。「何処行くんだ」の前後は左の辻という人物の台詞ですが、他の場面を考慮すると彼は右の杉山のグループにいたものと思われます。映像では人数配分が五対三なので、彼が杉山側にいたとすると元の配分は四対四であったことになります。それでは構図も稚拙になるため、辻を左の青木の隣にして杉山の台詞も青木に代えたのでしょう。

 

 

 変更前:      変更後:
 
  左のグループ(4人)
 則子  2「江ノ島へ行ってから……」
 長谷川 1「そいで何処行くんだい」
     3「ハイキングは知ってるよ」
 千代  7「何言ってんの、誘惑してやるぞ」
 青木  8「おお、してやれ、してやれ」
 
 
 
 
  右のグループ(4人)
 辻   4「なァおれ、今度の日曜……」
     6「デパート行くんだ」
 野村
 杉山  5「何処行くんだ」
 田辺
   
 
  左のグループ(5人)
 則子  2「江ノ島へ行ってから……」
 長谷川 1「そいで何処行くんだい」
     3「ハイキングは知ってるよ」
 千代  7「何言ってんの、誘惑してやるぞ」
 青木  5「何処行くんだ」
     8「おお、してやれ、してやれ」
 辻   4「なァおれ、今度の日曜……」
     6「デパート行くんだ」
 
  右のグループ(3人)
 野村
 杉山
 田辺
 
 

 

 

 本を見ると、この作品には欠番が十二ヵ所もあります。小津は作品全体が長過ぎたら、ある場面をカットするつもりだったと言っていますが、実際に長過ぎるので、その他の多くをカットしていたのだと思われます。欠番は他の脚本には見当らず、これも役者に自由に芝居させようと意図したことの影響なのかも知れません。

 

以下に「早春」の欠番を挙げますが、連続したものやカーテン・ショットの間のものは台詞が在ったのではないでしょうか(*付き)。これらは全て初めの八ヵ所、十五分ほどの間になりますが、おそらく冒頭を丁寧に書き過ぎたのでしょう。

 

 

 
  •  3〜4 杉山の自宅を映す前(03:17)*
  •  18 杉山のオフィスの時計が映った後(10:25)*
  •  21〜23 ハイキングの計画を立てる場面の前(10:45)*
  •  26 小野寺が杉山のオフィスを訪ねる場面の前(12:24)*
  •  32 「ブルー・マウンテン」の看板が映る前(15:04)*
  •  56 オフィスで杉山と見舞いに行った高木(山田好二―配役に名前が無い)が三浦の噂をする前(39:51)
  •  63 杉山と千代が外泊した朝の風景の後(45:27)
  •  96 杉山宅、戦友の消燈ラッパで昌子が明りを消した後(1:09:28)
  •  139 三浦の下宿先、花輪の映った後(1:49:37)

 

 

「小早川家の秋」にある伝票の読み上げ算は、その枚数や金額が違っており、映画の伝票枚数 11枚、合計 33,455円(19:53)に対して、脚本では 6枚、36,320円となっています。枚数を増やしたのは、それが少な過ぎたからでしょうが、そもそも計算が合いません。個々の金額が 2,365円、1,780円、1,008円、550円、775円、3,530円なので、合計は 10,008円になります。もちろん、これは単なる計算間違いなどではなく、金額も現場で正すものとして、脚本には凡その当たりを付けていたのでしょう。

 

【参考文献】

 

 (本文ここまで)




 

 

 

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