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    ◆小津と漱石(1)−個人主義と矛盾A 場面の拝借

    • 2018.01.30 Tuesday
    • 19:51

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

    【参考文献】


     

     津安二郎と夏目漱石はよく似ている。これはある程度、小津映画に親しんでから漱石を読んでみれば誰でも思うことでしょう。そこには小津語録に出てきそうな文言、さらに小津映画で馴染みのある単語や台詞の数々、そして小津が拝借したとみられる場面まで。

     

     ここでは、それらを類似性の高いものから「A場面の拝借」「B台詞の拝借」「C単語の拝借」に分けて、漱石「草枕」以後の制作順に、双方の該当するところを抜き出してみました。もちろん全てが拝借とは限りませんが、Aは厳選して六件に絞ったので可能性はかなり高く、B八十一件とC三十件は、たとえ拝借ではないとしても小津と漱石が似ている様子が分るでしょう。


    【……】が漱石作品、[……]は小津作品。コメントがあればその後に*で記しました。小津映画のフィルムが現存しないもので脚本を参照したのは「美人哀愁」のみ。

     

     

    ※文芸作品の引用と検索には、インターネットの電子図書館、青空文庫 http://www.aozora.gr.jp を使用しています。
    ※漱石の「坑夫」や講演録などのように章立てのない長いものは、全体を百としたときの該当する箇所を示し(【坑夫 36/100】は三六)、小津映画でのその位置は時分秒(03:05=三分五秒、1:02:35=一時間二分三五秒)で表しました。

     


     

     


    A 場面の拝借

     

     

     

    1 矛盾と神様
    【坑夫 36/100】人間の性格は一時間ごとに変っている。変るのが当然で、変るうちには矛盾が出て来るはずだから、つまり人間の性格には矛盾が多いと云う意味になる。矛盾だらけのしまいは、性格があってもなくっても同じ事に帰着する。……神さまなんかに聞いて見たって、以上 わかり ッこない。この 理窟 りくつ がわかる神さまは自分の腹のなかにいるばかりだ。

    [彼岸花 1:23:51]「そんな矛盾なら誰にだってある。ないのは神様だけだ。人生は矛盾だらけなんだ。誰だってそうなんだ。だから……矛盾の総和が人生だって言った学者だってある」

    *Aは場面の拝借ですが、ここだけは台詞の拝借です。小津と漱石との類似性において、最も重要とみられる矛盾と(後述「小津と漱石とドストエフスキー」参照)、さらに神様をとりあげており、可能性が高いので入れました。

     

     

    2 もう大丈夫
    【こころ 両親と私 九】翌日になると父は思ったより元気が かった。 めるのも聞かずに歩いて便所へ行ったりした。「もう大丈夫」……私は不安のために、 出立 しゆつたつ の日が来てもついに東京へ立つ気が起らなかった。「もう少し様子を見てからにしましょうか」と私は母に相談した。「そうしておくれ」と母が頼んだ。

    小早川 こはやがわ 家の秋 1:04:05]「それやったら、おってほしいわ、叔母ちゃんも、叔父さんも。何時どんなことになるか、まだ分らへんし」……(父が正気に返って)「どないしはったんです、ええんですか」「ああ、よう寝たわ。ちょっとオシッコや」……「えらい心配掛けたけどな、もう何ともない」

    *「小早川家の秋」のこの部分には野田高梧の「よく蓼科へ遊びにきていた或る女の子の父親が突然心筋梗塞で倒れ、息子や娘たちが緊張して集まったところ、一夜にしてケロリと癒ったという事実に基づいたものだった」という逸話がありますが(A桓作を語る&批評)、実際の場面作りは漱石から拝借したのでしょう。

     

     

    3 プロポーズ
    【こころ 先生と遺書 四十五】私は突然「奥さん、お嬢さんを私に下さい」といいました。……男のように 判然 はきはき したところのある奥さんは、普通の女と違ってこんな場合には大変心持よく話のできる人でした。「 ござんす、差し上げましょう」といいました。「差し上げるなんて 威張 いば った口の ける境遇ではありません。どうぞ貰って下さい。ご存じの通り父親のない あわ れな子です」と あと では向うから頼みました。……/二人(奥さんとお嬢さん)のこそこそ話を遠くから聞いている私を想像してみると、何だか落ち付いていられないような気もするのです。私はとうとう帽子を かぶ って表へ出ました。そうしてまた坂の下でお嬢さんに行き合いました。何にも知らないお嬢さんは私を見て驚いたらしかったのです。私が帽子を って「今お帰り」と尋ねると、向うではもう病気は なお ったのかと不思議そうに聞くのです。私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん 水道橋 すいどうばし の方へ曲ってしまいました。

    [麦秋 1:26:06]「いえね、虫の良いお話なんだけど、あんたの様な方に謙吉のお嫁さんになって頂けたならどんなに良いだろうなんて、そんなこと思ったりしてね」「そう」……「ねえ小母さん、あたしみたいな売れ残りで好い」「へえ」「あたしで好かったら」「本当」「ええ」……「ああ、良かった、良かった。あたし、もうすっかり安心しちゃった。紀子さん、ぱん食べない、あんぱん」「いいえ、あたし、もうお暇するわ」「どうして、もう少し待ってよ。もう帰って来るわよ、謙吉」「でも、あたし、もう帰らないと」「そう」……「さよなら」「そう、おやすみなさい。ありがとう、ありがとう」(玄関を出て謙吉とすれ違う)「お帰んなさい」「昨日はどうも」……「そ、じゃあおやすみなさい」「じゃ、おやすみなさい」

    *プロポーズの場面は漱石と小津のどちらも、ここに挙げたものしかなく、それが酷似しています。主人公が相手の自宅で、本人同志ではなく相手の留守中にその母親と、受けた方はへりくだる、その後は落ち付いていられないので出て行ったところを、相手と遭遇して挨拶をしてすれ違う。「こころ」の方はお嬢さんの声が紀子(原節子)に聞こえました。この場面は教科書でも読んでいたクライマックスですが、すぐ後に痛ましい事件が起きるので記憶に残りにくい。

     

     

    4 何年生まれ
    【道草 五】「どうして一廻どころか。健ちゃんとは十六違うんだよ、姉さんは。 良人 うち が羊の 三碧 さんぺき で姉さんが 四緑 しろく なんだから。健ちゃんは たし 七赤 しちせき だったね」「何だか知らないが、とにかく三十六ですよ」

    [戸田家の兄妹 02:05]「じゃあ明治四年」「たしか五年でしょう、お父様お申ですもの」「じゃ、お父様とお母さまと幾つお違いになるのかしら」「八つよ」「あら、お父様六十九」「ええ」「ねえ、そうするとお母さま辰かしら」「そう、私より三廻り上の辰」

    *「道草」のこの場面では和子(三宅邦子)と綾子(坪内美子)の声が聞こえてきました。
    なお小津は「戸田家の兄妹」の詳細を里見の小説から拝借しまくっているので、この作品を観ている里見を交えた座談会では、彼を前にして苦しくなってしまい自らそれを白状しました。「帽子」検閲でカットされてしまった昌二郎が泣く場面、「安城家の兄弟」題名と冒頭の記念写真、「アマカラ世界」玉露を噛むと眠くならない、「まだいろいろあります」。これを受けた里見は、「戸田家の兄妹」の御大家の主が死んで親類縁者が続々登場するのは、自作の「四葉の 苜蓿 クローバ 」冒頭にそっくりだったと指摘するのですが、こちらの方は実はフローベルからの拝借であると潔く告白しています( 惴妖腸箸侶史紂抔‘ )。

     

     

    5 燐寸二本で相手の煙草に火を点ける
    【明暗 十六】吉川は少し意外そうな顔をして、今まで使っていた食後の 小楊子 こようじ を口から吐き出した。それから 内隠袋 うちがくし さぐ って 莨入 たばこいれ を取り出そうとした。津田はすぐ灰皿の上にあった 燐寸 マッチ った。あまり気を かそうとして いたものだから、一本目は役に立たないで直ぐ消えた。彼は 周章 あわ てて二本目を擦って、それを大事そうに吉川の鼻の先へ持って行った。

    [浮草 1:53:58](嵐駒十郎が煙草を咥えながら燐寸を探している隙に、すみ子が駒十郎に歩み寄り、自分のもので彼が咥えている煙草に火を点ける。相手が嫌がっているので一本目は点かないが、二本目で駒十郎が根負けして成功)

    *「浮草」はサイレント「浮草物語」のリメイクであり、サイレントの方もこれと同様の場面はありますが、それは相手の喜八の煙草に火を点けるのではなく、燐寸を探している彼におたかが自分のものを差し出して、火は喜八の方が点けています(1:22:40)。小津は漱石の「明暗」を読んだ後に「浮草」を製作しているので(正確には「東京物語」撮影開始前−後述「まとめ」参照)、リメイク前の「浮草物語」との、このような違いが現われたものと思われます。さらに、その影響は次の「小早川家の秋」にもみられます。

     

     

    6 待ち合わせ場所に新参者
    【明暗 百六十一】「僕は――」/津田がこう云いかけた時、近寄る足音と共に新らしく入って来た人が、彼らの食卓の そば に立った。……/それが先刻大通りの角で、小林と 立談 たちばなし をしていた長髪の青年であるという事に気のついた時、津田はさらに驚ろかされた。……「原君は好い絵を描くよ、君。一枚買ってやりたまえ。今困ってるんだから、気の毒だ」……「僕に絵なんか解らないよ」「いや、そんなはずはない、ねえ原。何しろ持って行って見せてみたまえ」「ええ御迷惑でなければ」

    [小早川家の秋 04:27](見合い工作のため一旦席を外した後に現われる)「やあ、北川君やないか」……「はあ、お友達の画廊の、お手伝いをしております」「あ、そうですかあ、結構でんなあ」……「お宅さんのお店に牛の絵ありませんか」……「あの、日本画でしょうか、それとも、」……「あんさんに、お任せしますわ」「でわ、お探ししますわ」

    *「明暗」の原が一度いなくなってから、新参者として現われた処で怪しいと感じたのですが、まさか絵を売るとか買うとかいう話はないだろうと思っていたら、やっぱり出て来た。初対面の相手に買ってもらうのをためらうのも似ています。原という名の画家は「小早川家の秋」での画廊のお手伝いをしている小早川秋子(節子)の元ネタでしょう。実際、それはかなり不自然です。画廊の関係者も一切現れず、この場面のためだけにあるとみられる取って付けたような内容です。「秋日和」では三輪秋子(原節子)が服飾学院で働いていますが、こちらは院長夫婦との見合い写真の話を絡めています。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

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