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    ◆小津と漱石(2)−個人主義と矛盾B 台詞の拝借(1〜25)

    • 2018.02.03 Saturday
    • 09:05

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    B 台詞の拝借(1〜25) 【参考文献】



    1 芸術の極意
    【草枕 一】あらゆる芸術の士は人の世を 長閑 のどか にし、人の心を豊かにするが ゆえ たつ とい。

    [悪いやつの出る映画は作りたくない]見る人に人間の善意を信じさせ、向上しようという気を起こさせる映画が必要


    2 ストーリーは無用
    【草枕 九】小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。
    【写生文】(写生文家の作品は)普通の小説の読者から云えば物足らない。しまりがない。 漠然 ばくぜん として 捕捉 ほそく すべき筋が貫いておらん。しかし彼らから云うとこうである。筋とは何だ。世の中は筋のないものだ。筋のないもののうちに筋を立てて見たって始まらないじゃないか。……筋がなければ文章にならんと云うのは 窮窟 きゆうくつ に世の中を見過ぎた話しである。

    [いい呂任發里海函榔撚茲了つ映画的の感興を、一段と増すために活用する「話術」なら、「話術」として恥かしからぬ用法だが、脚本構成の或る部分が安易に片づけるために、描写に対する逃避の一手段としての「話術」なら、絶対に排斥されていい。

    *小津は説明過剰なストーリーを嫌いました。「いはでものこと」は谷崎潤一郎と志賀直哉を称賛していますが、谷崎はストーリー・テラー。ここは「文章読本」の推薦であって、志賀も「城の崎にて」に限って推しており、ストーリー重視ではないということです。台詞も説明だけのものは不要といい、初トーキーの「一人息子」は翌年の作品なので、すでに台詞に対する作家としての心構えが出来ていたことになります。小津映画の台詞の良さは、この事実からも確認できるでしょう(後に書く「◆普遍性(3)−面白い台詞」参照)。


    3 芸術は美を表現する
    【余が草枕】文学の一部分たる小説もまた美しい感じを与えるものでなければなるまい。
    【明暗 四十一】津田は女に きた ないものを見せるのが きらい な男であった。ことに自分の穢ないところを見せるは いや であった。もっと押しつめていうと、自分で自分の穢ないところを見るのでさえ、普通の人以上に苦痛を感ずる男であった。

    [泥中の蓮を描きたい 賄ヅ擇範,虜を描いて蓮を表わす方法もあると思います。しかし逆にいって蓮を描いて泥土と根をしらせる方法もあると思うんです。/戦後の世相は、そりゃ不浄だ、ゴタゴタしている、汚い。こんなものは私は嫌いです。
    [『東京物語』の製作意図 呂いに現実を追求しても私は糞は臭いといっただけのリアリズムは好まない。私の表現したい人間は常に太陽に向って少しずつでも明るさに近づいている人間だ。

    *「草枕」の後、漱石は心理の探求に向っていきますが、基本姿勢は変っていません。


    4 客人に呑気な答え
    【二百十日 三】「ビールはござりませんばってん、 恵比寿 えびす ならござります」
    【行人 兄 三十三】(旅先で暴風雨が間近に迫って)「それにしたって、水に つか った うち は大変だろう」と自分はまた聞いた。/下女は、高々水の中で家がぐるぐる まわ るくらいなもので、海まで持って行かれる心配はまずあるまいと答えた。この 呑気 のんき な答えが心配の中にも自分を失笑せしめた。

    [東京暮色 03:56](呑み屋で馴染みの客が主人に尋ねる)「明美ちゃんは、今日は」「スキーに出掛けちゃったんですよ、お友達と。清水トンネル潜ってった向こうの何とかってとこ。雪が三百五十キロも積ってるんですって」「そうは積るまい。三百五十キロっていやあ名古屋当りまで行っちゃうもの。そりゃあセンチだろう」「あら、そうですか。いやだねえ」


    5 写実の矛盾
    【自然を寫す文章】隨分名文の中に、前に西向きになつて居るものが後に東向きになつて居つたり、方角の矛盾などが隨分あるけれども、誰もそんな事を捉まへて議論するものも無ければ、その攻撃をしたものも聞かない。で、要するに自然にしろ、事物にしろ、之を描寫するに、その聯想にまかせ得るだけの中心點を捉へ得ればそれで足りるのであつて、細精でも面白くなければ何にもならんとおもふ。

    [映画の文法]「一人息子」の試写のあと内田吐夢、稲垣浩、清水宏、滝沢英輔など監督のあつまった席上でこの違法について意見を聞いたことがあったが、稲垣浩が、おかしいが初めの内だけであとは気にならないと云った事があるが、その後、これに就いての異見に接したことはない。
    この線を越してはいけないということが不文律なら不文律を犯した場合、その結果に何らかの破綻が生じなければならない筈であるのに、何等不自然を感じないとすればこの定義は決して不変のものではないということになる。

    *小津映画には写実的に矛盾したところが多く、そのほとんどが構図を優先しているためです。そこには、この漱石「自然を寫す文章」の趣旨にある小道具の移動が頻繁に起ります(後に書く「◆構図至上主義(4)−動く小道具」参照)。ここでの小津は会話の場面において、カメラの位置を固定して二人の顔を交互に撮る方法を不文律としたとき、自身の人物を結ぶ線を越えてカメラを切り返して撮る方法が正当であり、不文律の方は不変ではないと述べています。つまり漱石と同じように、芸術には写実に優先すべきものがあると主張しているのです(後に書く「◆小津の文法(1)−会話」参照)。


    6 夫に対する妻の理解度
    【野分 一】妻君の世界には夫としての道也のほかには学者としての道也もない、志士としての道也もない。道を守り俗に抗する道也はなおさらない。夫が行く先き先きで評判が悪くなるのは、夫の才が足らぬからで、 いた る所に職を辞するのは、自から求むる 酔興 すいきょう にほかならんとまで考えている。

    〔お茶漬の味 1:51:30〕「家にいる旦那さまなんて甲羅干してる亀の子みたいなもんよ。あれで外へ出りゃ結構うさぎと駆けっこしたり浦島太郎のせたりすんのよ。大概の女は旦那様のほんの一部しか見てないのよ」


    7 悲しい時に笑う人もいる
    【野分 十】世の中の人はおかしい時ばかり笑うものではない。
    【坑夫 32/100】神妙の極に達すると、出るべき涙さえ遠慮して出ないようになる。涙がこぼれるほどだと たとえ に云うが、涙が出るくらいなら安心なものだ。涙が出るうちは笑う事も出来るにきまってる。

    [大人の映画を]悲しい時に笑う人もいるし、嬉しさを現わすために泣かす場合もある。
    [小津安二郎という男]仲のよかった戦友が敵弾に斃れ、その場では殆ど何の感慨もなかったのに、二、三日して、全く思いもかけない時に、ふいに涙があふれてきて、どうにも仕方がなかった。
    [小早川家の秋 1:00:50](娘は倒れた父を看病している時は泣かないが、翌朝一段落すると、両手で顔を覆って―小津映画によくある演出―泣き咽ぶ)


    8 困難な時ほどやりたい
    【野分 十二】「病気になると、なおやりたくなる。今まではひまになったらと思っていたが、もうそれまで待っちゃいられない。死ぬ前に是非書き上げないと気が済まない」

    [‐津安二郎戦場談]治安確立し電灯もつくようになると、書籍は、さほど、貴重品でもなくなるし、僅かな灯をたよりに、故郷に手紙許り書いていた兵隊も、余り手紙を書かなくなる。この一見相反する現象が、何故起るのか、まだ原因に私は考え及ばぬが、不思議である。


    9 家庭に置いても、親子で観ても恥ずかしくない
    【書簡】(漱石の書簡には家庭に置かれても恥ずかしくない小説を書くという趣旨の文があると、あちこちで書かれている)

    〔映画界・小言幸兵衛 諭扮撚莖Δ侶晃について)私が親だったら、忰に映画なんぞ見るなと云うだろう。……各社ともよく考えて、せめて子供と一緒に見て赤い顔をしないで済む映画を作るようにしたいものだ。
    〔年寄りにも楽しい映画を 誘瓩瓦蹐麓磴ぜ圓砲鰐滅鬚い年寄りにはつまらない、といった映画が多すぎる。親子づれで楽しく見れる映画も必要なんじゃないか、という気持もあるのです。


    10 京都の山の色
    【虞美人草 六】「東山でしたね奇麗な まある い山は――あの山が、青い 御供 おそなえ のように、こんもりと かす んでるんです。そうして霞のなかに、薄く五重の塔が……」

    宗方姉妹 むねかたきょうだい  1:50:52〕「京都の山ってどうして紫に見えるのかしら」
    〔青春放課後 06:14〕「(京都の)山は紫だし」


    11 四になります
    【虞美人草 十】「藤尾さんは 幾歳 いくつ ですい」「もう、明けて になります」「早いものですね。えっ。ついこの間までこれっぱかりだったが」と大きな手を肩とすれすれに出して、ひろげた てのひら を下から のぞ き込むようにする。

    [晩春 15:15, 19:45]「あ、これ(紀子)曾宮の娘だよ」「そうでやんすか、ご立派におなりになって。あの西片町の時分に、お河童でらっしゃったお嬢さん」……/「紀ちゃんどうなんだい」「うん、あいつもそろそろ何とかしなきゃいけないんだがね」「うーん、七だね」


    12 好きか嫌いかはぐらかす
    【虞美人草 十】「兄さんは藤尾さんのような かた が好きなんでしょう」「御前のようなのも好きだよ」「私は別物として――ねえ、そうでしょう」「 いや でもないね」「あら隠していらっしゃるわ。おかしい事」

    [戸田家の兄妹 1:40:00](兄の結婚相手として妹が紹介する)「誰だい」「時子さんよ」……「まあ、時子さんならお母さまも大好きなんだし、お兄様には一番いいと思うんだけど」「お母さまもお好きなのか」「だめよ、お母さまのせいになすっちゃ。お兄様よ。ねえ、どお、好き」「うん、そうでもない」「お嫌い」「うん、そうでもない」「じゃあ、どっち」

    *「戸田家の兄妹」には、戦前にこの映画のヒロインである高峰三枝子によって、小津が見合い工作を仕組まれたという実話がありますが(ゾ津組の役者たち−「晩春」から女優陣が)、具体的な表現は「虞美人草」から拝借したのでしょう。


    13 いつまでもお父さんと一緒にいたい
    【虞美人草 十六】「だからいつまでもこうやって 阿父様 おとうさま と兄さんの そば にいた方が好いと思いますわ」

    [晩春 1:31:42]「このままお父さんといたいの。何処へも行きたくないの。お父さんとこうして一緒にいるだけで好いの」

    *「晩春」の原作である広津和郎「父と娘」には、娘が結婚後も親と同居したいと言ってもめる件があります。原作といっても、娘を嫁にやるための父の偽装再婚を拝借しただけとのことですが、その内容は別物というより、個々の事象が反対であったり筋の運びが前後しています。「父と娘」のあらすじは以下の通り。

    顱(語の初めに見合いではない婚約者がすでに決まっている
    髻〃觝Ц紊睇磴醗貊錣吠襪蕕靴燭い伴臘イ垢詭爾蓮∈約者との意見が合わず婚約を破綻にしようとする
    鵝”磴娘を諭しても彼女は同じず、父はその話の流れの中で思いつきで自分の再婚を匂わし娘は動揺する
    堯“狃はわずかの間にあっさり考えを改め父の再婚も快く認める。機嫌を直した娘は父の再婚相手を問い詰め、彼はヒントを与える
     娘はその人物を断定して当人に会って父の考えを伝える
     父の再婚が現実となり、嘘から出た誠でオチとなる

    このように「父と娘」は娘の結婚よりも父の再婚に比重が置かれています。
    演出に係るものとしては、父が娘に「夫婦は協力して一つの人生を創り上げて行くんだよ、お父さんの人生は任務を果たした、二人の人生はこれから始まる……これが人間生活の歴史の順序」(1:32:45)と諭す件などもあります。その後、父が再婚を匂わすと、動揺した娘が自分の部屋に閉じこもり様子を伺いに来た父に「向うへ行ってて頂戴、向うへ行ってて頂戴」と拒絶しますが(1:08:13)、ここは拝借と明言されている処なのでよく似ています。
    「晩春」の終わり近くの小料理屋で周吉に娘の友人アヤから再婚の真偽を尋ねられて彼は否定しますが、「父と娘」の方は最後に洋食屋で父と彼の秘書との同じような会話があり、彼女は「娘の知り合いの若い女で家にも来たことがある」という父が娘に与えたヒントに当てはまります。
    そもそも「父と娘」を原作としたのは、脚本家の野田高梧が広津の経済的な窮地を救うために彼の小説を原作に使うよう志賀直哉から頼まれて、その作品を読み漁ってのこと。「父と娘」が無ければ「晩春」も実現しなかったでしょう。
    もちろん「晩春」は円覚寺での茶会や父の友人の再婚、彼の住む京都への父娘の旅行などの映画としてのオリジナル性は充分にあります。「父と娘」の方は数十ページの短編で、加えてオフィス街の場面が多く印象としては「晩春」よりも「麦秋」に近いと言えるでしょう。その影響なのか、父の職場での仕事が出来る秘書は、「麦秋」紀子のモデルでもあると思われます。小説のその場面を読むと、映画でのタイプを打つ彼女の横顔(11:07)が眼に浮んで来ます。
    紀子が会社にお別れの挨拶に訪れた際、上司から「もし(結婚の相手として)俺だったらどうだい」と訊かれる処も「父と娘」の影響か。さらに「父一人、娘一人で、父が娘を可愛がると、娘は嫁に行きたがらなくなる」という他人の話を盗み聞きした父が娘に気をまわす件があるのですが、これは「秋刀魚の味」等にも応用されているでしょうか。


    14 継子
    【虞美人草 十七】君は本当の母でないから僕が ひが んでいると思っているんだろう。それならそれで好いさ……――見たまえ、僕が うち を出たあとは、母が僕がわるくって出たように云うから、世間もそう信じるから――僕はそれだけの犠牲をあえてして、母や妹のために計ってやるんだ。
    【こころ 先生と遺書 二十一】Kは母のない男でした。彼の性格の一面は、たしかに 継母 けいぼ に育てられた結果とも見る事ができるようです。もし彼の実の母が生きていたら、あるいは彼と実家との関係に、こうまで へだ たりができずに済んだかも知れないと私は思うのです。

    〔母を恋はずや 11:50〕(継子であることを知った息子がいじけているので)「あの子のあんなに悲しい顔は今までに一度だって見た事がございません」

    *「母を恋はずや」で継子の兄は放蕩した後、改心して母親の元に戻りますが、いじけ方は「虞美人草」の甲野と同じです。


    15 あなたに用はありません
    【虞美人草 十八】「藤尾さん。小野さんは新橋へ行かなかったよ」「あなたに用はありません。――小野さん。なぜいらっしゃらなかったんです」

    [秋日和 1:41:18]「伺いますけど、どういう訳で、ありもしない事おっしゃるんですか」……「おれも一応は説明したんだけどね」「あなたに伺ってんじゃありません」


    16 継母
    【虞美人草 十九】「みんな わたし が悪いんでしょうね」と母は始めて欽吾に向った。腕組をしていた人はようやく口を ひら く。――「 うそ の子だとか、本当の子だとか区別しなければ好いんです。平たく当り前にして下されば好いんです。遠慮なんぞなさらなければ好いんです」

    〔母を恋はずや 38:18〕弟「大体お母さんは兄さんばかりによくするよ」 兄「僕もさう思ふんです」 弟「叱られるのは何時も僕ばかりだ」

    *「虞美人草」と「母を恋はずや」では、実子と継子に対する母の扱いは反対でも、それに対する継子の主張は同じです。


    17 なんでもない事をむずかしく考えなければ
    【虞美人草 十九】「なんでもない事をむずかしく考えなければ好いんです」

    〔秋日和 2:03:06〕「しかし世の中なんて、みんなが寄ってたかって複雑にしてるんだな。案外、簡単なものなのにさ」


    18 近代化、富国強兵と敗戦
    【三四郎 一】「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、「滅びるね」と言った。
    【それから 六の七】 うし と競争をする かへる と同じ事で、もう君、 はら けるよ。其影響はみんな我々個人の うへ に反射してゐるから見給へ。斯う西洋の圧迫を受けてゐる国民は、 あたま に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、さうして目の廻る程こき使はれるから、揃つて神経衰弱になつちまふ。話をして見給へ大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の 今日 こんにち の、只今の事より外に、何も考へてやしない。考へられない程疲労してゐるんだから仕方がない。精神の 困憊 こんぱい と、身体の衰弱とは不幸にして とも なつてゐる。のみならず、道徳の 敗退 はいたい も一所に てゐる。日本国中 何所 どこ を見渡したつて、 かゞや いてる 断面 だんめん は一寸四方も無いぢやないか。
    【それから 九の一】代助は人類の 一人 いちにん として、 たがひ はら の中で侮辱する事なしには、 たがひ に接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでゐた。さうして、これを、近来急に膨脹した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促がしたものと解釈してゐた。又これを此等新旧両慾の衝突と見傚してゐた。最後に、此生活慾の目醒しい発展を、欧洲から押し寄せた 海嘯 つなみ と心得てゐた。/この ふた つの 因数 フアクター は、 何処 どこ かで平衡を得なければならない。けれども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於て肩を なら べる日の る迄は、此平衡は日本に於て られないものと代助は信じてゐた。さうして、 ゝる は、到底日本の上を らさないものと あきら めてゐた。

    〔お茶漬の味 43:34〕「しかし、あの時分は楽しかったですなあ、シンガポール」「ああ、だが戦争はもう御免だね、嫌だね」「ああ、同感。わしも嫌です、真っ平ですわ」
    〔東京物語 1:05:53〕A「しかし、あんたんとこはええわ、子供さんがみんなしっかりしとるけ」 B「いやあ、どんなもんかのう」 A「うちなんかせめて、どっちぞ生きとってくれたらと、よう婆さんとも話すんじゃが」 C「二人とも大過あったなあ。あんたんとこは一人か」 B「うん、次男をなあ」 A「いやあ、もう戦争はこりごりじゃ」 C「ううむ、まったくなあ」
    〔彼岸花 38:33〕「あたしねえ」「なんだい」「時々そう思うんだけど、戦争中、敵の飛行機が来るとよく皆で急いで防空壕へ駈けこんだわね。節子はまだ小学校へ這入ったばっかりだし久子はやっと歩ける位で、親子四人真っ暗な中で死ねばこのまま一緒だと思った事あったじゃないの」「うん、そうだったねえ」「戦争は厭だったけど、時々あの時の事がふっと懐かしくなる事あるの。あなた、ない」「ないね。おれあ、あの時分が一番厭だった。物はないし、つまらん奴が威張ってるしねえ」「でも、あたしは良かった。あんなに親子四人が一つになれた事なかったもの」
    〔秋刀魚の味 41:07〕「けど艦長、これでもし日本が勝ってたらどうなってますかねえ」「さあ、ねえ」……「勝ってたら艦長、今頃はあなたも私もニューヨークだよニューヨーク」……「敗けたからこそね、今の若けえ奴ら向こうの真似しやがってレコードかけてケツ振って踊ってますけどねえ、これが勝っててごらんなさい勝ってて」……「けど敗けて良かったじゃないか」「そうですかね。うん、そうかも知れねえなあ。ばかな野郎が威張らなくなっただけでもねえ」
    〔酒と敗戦 佑修蹐修軫埓錣凌Г濃くなって来ると、軍人をはじめとするお偉方たちが、戦争が負けたら切腹するといきまいていた。どうも切腹は困るが、ぼくだけ生きのこるわけにも行くまい。仕方がないからドイツ製の睡眠薬ベロナールを手に入れ、これを酒にまぜて飲もう、いい気持ちに酔っぱらって死ねば、いかにもぼく流でよろしかろう、と考えていた。ところが、いざ敗戦となると、切腹を叫んでいた軍人たちの負けっぷりが、実に鮮やかなのである。アッサリ、手をかえすように負けてしまった。これをみてぼくは、日本人にも必ず敗戦の伝統がある。歴史上一度も負けたことがないというけれど、ぼくたちの血の中には、きっと負け戦さの経験が流れているんじゃないか――と思った。

    *時代性にもよるでしょうが、ここに挙げた二人の言い分は随分異るようにみえます。個人的な言動でも漱石は徴兵を逃れる工作をし、小津の方は出征時に友人へ宛てたハガキに「一寸戦争に行ってきます」と書いています(戦争体験−中国の戦場へ)。しかし二人はここでもよく似ています。それは、戦争よりも自分にはもっと重要なことがある、ということです。


    19 大学の講義
    【三四郎 二】「昼間のうちに、あんな 準備 したく をしておいて、夜になって、交通その他の活動が鈍くなるころに、この静かな暗い穴倉で、望遠鏡の中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する」

    〔淑女は何を忘れたか 09:52〕「ゲルトネル氏菌は一八八八年フランケンハウゼンに於ける中毒騒ぎの際、ゲルトネル氏によって発見されたが、その伝染経路は未だ全く不明である……」
    〔宗方姉妹 02:18〕「うさぎの耳を剃ってコールタールを塗る。毎日一定の時刻にこれを繰り返す。根気よくこれを続けているうちに、ついにうさぎの耳に癌ができた」(癌の発生原因についての山際勝三郎の刺激説)

    *小津は代用教員の経験があるためか、作中に家庭教師も含めて授業や、講義風景がたびたび出て来ます(後に書く「◆小津喰ふ虫−多いネタ」参照)。しかし彼は大学には進学もしていないので講義は体験ではないはずです。この「三四郎」での野々宮講釈の影響もあったのではないでしょうか。


    20 普遍性
    【三四郎 三】円遊のふんした 太鼓持 たいこもち は、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したって、人物は活発 溌地 はつち に躍動するばかりだ。そこがえらい。

    〔性格と表情 誉格とは何かというと――つまり人間だな。人間が出てこなければダメだ。これはあらゆる芸術の宿命だと思うんだ。感情が出せても、人間が出なければいけない。表情が百パーセントに出せても、性格表現は出来ない。極端にいえば、むしろ表情は、性格表現のジャマになるといえると思うんだ。

    *漱石が演者はその個性をなくす者がすばらしいと言えば、小津も役者は彼の個性である表情よりも、普遍的な性格を表すことが重要だと主張します。これについては、後に書く「◆構図至上主義(6)−映画界のセザンヌ」「◆普遍性」を参照のこと。特に後者の中にある「面白い台詞」では小津と落語との類似性を示しました。


    21 大学でもう、やってる奴がいる
    【三四郎 三】三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという事実を発見した時であった。それは書中ここかしこに見える鉛筆のあとでたしかである。ある時三四郎は念のため、アフラ・ベーンという作家の小説を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり鉛筆で丁寧にしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。

    [東京暮色 23:28]「僕の方もねえ、翻訳でもやってりゃ楽なんですが、こいつが誰も彼も材料漁ってましてねえ。これなんか四、五日前に丸善へ来たばっかりなんですがね、今日学校へ行ってみたら、もう、やってる奴がいるんですよ、かないませんや」


    22 自殺による轢死
    【三四郎 三】「ああああ、もう少しの間だ」……「 轢死 れきし じゃないですか」

    〔東京暮色 1:52:04〕「何すんのさ、乱暴すんのおよしよ」(明子が木村の頬をこれでもか、これでもかとひっぱたいて店を出て行く)……(外で電車の警笛音)「あれえ、何かあったのかな」

    *「東京暮色」の方は正確には遮断機が下りていなかったために起きた事故だと思われます。それとも障害がないので明子が咄嗟に飛び込んでしまったのでしょうか。


    23 雲の形が何かに似てる−真意は「アイ・ラブ・ユー」
    【三四郎 四】(三四郎が)美禰子のそばへ来て並んだ。……「私さっきからあの白い雲を見ておりますの」……「 駝鳥 だちよう 襟巻 ボーア に似ているでしょう」

    [若き日 59:20](山本が千恵子と並んで雪の上に腰を下ろして空を見上げた時、雲の形をみて彼女の肩をたたき「あれをごらん」というように雲の方に指をさす)
    [お早よう 1:31:02]「やあ、お早よう」「お早よう、夕べはどうも」(平一郎が節子のそばへ来て並んだ)……「ああ、あの雲、面白い形ですねえ」「ああ、ほんと、面白い形」「何かに似てるな」「そう、何かに似てるわ」


    24 挨拶への皮肉
    【三四郎 七】君、元日におめでとうと言われて、じっさいおめでたい気がしますか
    【こころ 先生と私 三十二】先生の笑いは、「世間はこんな場合によくお目出とうといいたがるものですね」と私に物語っていた。

    [お早よう 41:44]「余計なこっちゃねえやい。欲しいから欲しいって言ったんだい」「それが余計だって言うんだ」「だったら、大人だって余計なこと言ってるじゃないか。こんちは。おはよう。こんばんは。いいお天気ですね。ああそうですね」「ばか」「あら、どちらへ。ちょっとそこまで。ああそうですか。そんなこと、どこ行くか分るかい。ああ、なる程なる程。何が、なる程だい」


    25 熱しやすく冷めやすい
    【三四郎 七】原口さんは洋行する時にはたいへんな気込みで、わざわざ 鰹節 かつぶし を買い込んで、これでパリーの下宿に 籠城 ろうじよう するなんて大いばりだったが、パリーへ着くやいなや、たちまち 豹変 ひょうへん したそうですねって笑うんだから始末がわるい。

    〔宗方姉妹 50:38〕「前島さん見てごらんなさい。戦争中、先に立って特攻隊に飛び込んだ人が、今じゃそんな事けろっと忘れてダンスや競輪、夢中になってるじゃないの」

    *「宗方姉妹」は大佛次郎原作ですが、ここの台詞やこれに類する考察等は原作にはありません。

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

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