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    ◆小津と漱石(3)−個人主義と矛盾B 台詞の拝借(26〜50)

    • 2018.02.04 Sunday
    • 08:43

     

    JUGEMテーマ:日本映画の監督

     

     

    B 台詞の拝借(26〜50) 【参考文献】



    26 第三者の介入で誤解をまねく
    【三四郎 八】「じつは佐々木が金を……」と三四郎から言いだした。「わかってるの」と中途でとめた。三四郎も黙った。すると「どうしておなくしになったの」と聞いた。「馬券を買ったのです」/女は「まあ」と言った。まあと言ったわりに顔は驚いていない。かえって笑っている。すこしたって、「悪いかたね」とつけ加えた。三四郎は答えずにいた。「馬券であてるのは、人の心をあてるよりむずかしいじゃありませんか。あなたは索引のついている人の心さえあててみようとなさらないのん気なかただのに」「ぼくが馬券を買ったんじゃありません」「あら。だれが買ったの」「佐々木が買ったのです」/女は急に笑いだした。三四郎もおかしくなった。「じゃ、あなたがお金がお 入用 いりよう じゃなかったのね。ばかばかしい」

    [秋日和 1:35:41]「小母さま、再婚なさるんですって」「え、あんたまでそんなこと」……「嘘うそ、小母さま照れなくたっていいわよ」「照れるなんて、ほんとよ、ほんとに知らないのよ」「ほんと。そんなのあるかしら。じゃ、小母さまほんとにご存じないの」「ええそうよ、そんな事全然聞いてないわ」「じゃあ、ひどいじゃない、どいうんだろ、そんなこと(おじさま達が)言いふらしたりして。そう、小母さまご存じなかったの」「そうよ」「そうなの、ばかにしてるわねえ」

    27 ヒロインの肖像
    【三四郎 一〇】描かれつつある人の肖像は、この 彩色 いろどり の目を乱す間にある。描かれつつある人は、突き当りの正面に 団扇 うちわ をかざして立った。

    [美人哀愁 10 アトリエ]吉田、慌てて止め、自分で注意深く覆いを取り除ける。芳江の像である。

    *ヒロインの肖像はどちらも展覧会に出品されて、さらに漱石の「それから」と小津「美人哀愁」には、以下の五つの類似点があります。
    顱/突Г瞭鷽佑漏慇源代からの仲
    髻/突Г琉貶がヒロインと結婚後、恋の鞘当てをする(「美人哀愁」は彫像の奪い合い)
    鵝”廚失業したため友人が就職を斡旋する
    【それから 二の五】「 うだらう、 きみ にい さんの会社の方に くち はあるまいか」
    [美人哀愁 85 岡本家の一室]佐野「此の間話した就職口だが勤める気はないかい」

    堯”廚陵Э佑ら借金をする
    【それから 四の五】「少し 御金 おかね 工面 くめん 出来 でき なくつて?」
    [美人哀愁 52 佐野家の一室]岡本「済まないけど、金を貸して貰い度いんだ」

     ヒロインは結婚後に病弱となる
    【それから 十六の五】「病人?」と代助は思はず かへ した。 門野 かどの くら なか で、「えゝ、何でも奥さんが 御悪 おわる い様です」と答へた。
    [美人哀愁 104 岡本家の別室]芳江が寝て、こちらを見ている。淋しい表情で。

    *「美人哀愁」の原作は脚本によるとフランスの象徴派アンリ・ド・レニエ(1864-1936)「大理石の女」ですが、その内容を春陽堂「近代フランス小説集」で前半だけ確認しました。それは大理石の女の像を作る芸術家の一人称によるもので、年長の彼と知り合いである若い二人の男は従兄弟同士。背の高い方は温厚で空想家、低い方は気性が荒く肉欲主義。後者が異性にもてるタイプ。芸術家はそのアトリエで彼らをヒロインに引き合わせる。以上のことから、若い男二人の人物像―背が低く気性の激しい岡本(岡田時彦)、背が高い温厚な佐野(斎藤達雄)―や彫像と女を分けあう件、ヒロインの死後彫像を取り合い結末に至る処、これらをレニエから、物語全般を漱石から拝借したと思われます。
    芥川龍之介には「鼻」「羅生門」「蜘蛛の糸」など、著作権のない作品もしくはオリジナルを見せかけとして、詳細を他の作品から拝借したものが多数あります。「鼻」は「今昔物語」「宇治拾遺物語」の和尚がモデルですが、実は「吾輩は猫である」に出てくる鼻の大きい金田夫人鼻子の話を拝借しています。漱石はこれを承知で芥川に宛てた「鼻」を激賞する手紙の中で、自作のものと比べて「落着きがあって巫山戯ていなくって」と言い、芥川の方は漱石の「ああいうものを是から二三十並べて御覧なさい文壇で類のない作家になれます」とのお墨付きを得てそれを実践していったのでしょう。
    レニエの名言には「侏儒の言葉」等の芥川とかなり似た表現があります。なかには次に挙げる、漱石「こころ」に出て来るような「善人、悪人の区別はなく、同じ人が時によって善人にも悪人にもなる」という意味のものまで。レニエは大正、昭和初期における文芸作家のネタ帳だったのではないでしょうか。

    28 出生の秘密
    【三四郎 十一】「たとえば、ここに一人の男がいる。父は早く死んで、母一人を頼りに育ったとする。その母がまた病気にかかって、いよいよ息を引き取るという、まぎわに、自分が死んだら 誰某 だれそれがし の世話になれという。子供が会ったこともない、知りもしない人を指名する。 理由 わけ を聞くと、母がなんとも答えない。しいて聞くとじつは誰某がお前の本当のおとっさんだとかすかな声で言った。――まあ話だが、そういう母を持った子がいるとする。すると、その子が結婚に信仰を置かなくなるのはむろんだろう」

    〔母を恋はずや 11:50〕「今度、本科になる手続きの事から戸籍謄本を見られてしまひまして」
    〔東京暮色 1:43:00〕「小母さん、あたし一体、誰の子なんです」……「誰の子って、あんたあたしの子じゃないの」「うそ、あたしは本当にお父さんの子なの」

    *「結婚に信仰を置かなくなる」のは「東京暮色」にあるような、父母、もしくは親子の仲によるだろうと思われますが。

    29 友達の入用を工面−実は本人の治療費
    【永日小品 山鳥】はなはだ申し兼ねたが金を二十円貸して下さいという。実は友人が急病に かか ったから、さっそく病院へ入れたのだが、差し当り困るのは金で、いろいろ奔走もして見たが、ちょっとできない。やむをえず上がった。と説明した。…… 惨澹 さんたん たるものです、 きた ない所でしてね、 妻君 さいくん 刺繍 ぬい をしていましてね、本人が病気でしてね

    〔東京暮色 29:11〕「お前、叔母さんとこへ金借りに行ったってねえ」「ええ」……「何に要る金なんだ」「お友達が困ってたからよ」「それにしても、お父さんに言やいいじゃないか」「だって、不意なんですもの」「何が不意なんだ」「だって、しょうがないじゃないの。お父さんいらっしゃらないし、行く先わからないし。もういいの」(本当は自分の中絶費用だった)

    30 悪事を嫌悪
    【永日小品 金】 劇烈 げきれつ な三面記事を、写真版にして引き伸ばしたような小説を、のべつに五六冊読んだら、全く いや になった。

    [悪いやつの出る映画は作りたくない 録祐屬辰鴇ー蠅覆發鵑世諭▲漫璽戰襦Ε弌璽阿箸呼ばれる映画なんかで、自分より悪いやつを見ると、安心しちゃうんじゃないかな。世の中には、自分より悪いやつがまだまだいるんだってね。僕には子供がないんだけど、でも悪いやつの出てくる映画は作りたくない。

    *漱石は自分で読むのが厭になるような小説は、もちろん書いていません。

    31 矛盾−善悪共存
    【永日小品 金】「この丸が善人にもなれば悪人にもなる。極楽へも行く、地獄へも行く」
    【こころ 先生と私 二十七 二十八 二十九】竹の つえ の先で地面の上へ円のようなものを き始めた。それが済むと、今度はステッキを突き刺すように 真直 まつすぐ に立てた……「悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな 鋳型 いかた に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです…… かね さ君。金を見ると、どんな 君子 くんし でもすぐ悪人になるのさ……君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」

    [浮草 1:24:17, 1:29:23]仙太郎「うん、だから俺あ、さっきから考えてんだ」……吉之助「なに」 矢太蔵「大きな声、しいなあ。ドロンや、今が見切り時や。親方の大きながま口、ちょっと拝借してなあ。どおや」 吉之助「おらあ、やだね」……矢太蔵「どうする、せんちゃん。止めとっか」 仙太郎「うーん、やっぱりなあ」 吉之助「当りめえだい。親方のこと何だと思ってやがんでえ、散々世話んなっときやがって。人間ていうものはなあ、恩を忘れたら文の値打ちも無えもんなんだぞ」……/(結局、吉之助がドロンしてしまう)

    32 見合い写真に難癖
    【それから 三の六】代助は学校を卒業する前から、梅子の御蔭で写真実物色々な細君の候補者に接した。けれども、 づれも不合格者ばかりであつた。始めのうちは体裁の にげ 口上で断わつてゐたが、二年程前からは、急に 図迂 づう 々々しくなつて、屹度相手にけちを付ける。 くち あご の角度が わる いとか、 の長さが顔の はゞ に比例しないとか、耳の位置が 間違 まちが つてるとか、必ず妙な非難を持つて る。

    [東京暮色 1:07:10]A「ねえ兄さん、これどうかしら」 B「何だい」 A「明ちゃんのよ。どっちでもいいの」……A「ああ、それね、顔の長い方。ほら、二三年前に脳溢血で死んだ人があったじゃないの。民自党の代議士で、有名な。その人の次男よ」 B「随分、長い顔だねえ」 C「ほんと」
    [秋日和 36:11]A「どうでしょう、この人」 B「どなたですの」 A「いえね、お宅のお嬢さんにいかがかと思って」 C「でも、その人、ちょいと鼻が曲がってやしない」 A「あ、そりゃ写真ですよ、光線のせいよ」……C「とにかく駄目よこんな人」 A「けどね、ほんとに良いのよ家柄だって」 C「家柄よりも本人よ、夕べもそう言ったじゃないの」 A「でも惜しいわねえ」 C「惜しかないわよ、こんなの。初めっから落第よ、ねえ」

    33 夫の性格
    【それから 八の四】平岡は相変らず奔走してゐる。が、此一週間程は、あんまり そと なくなつた。 つか れたと云つて、よく うち てゐる。でなければ さけ を飲む。 ひと たづ ねて れば猶 む。さうして おこ る。さかんに人を罵倒する。

    〔宗方姉妹 27:05〕(夫の亮助はよく飲み、よく怒る)

    *「宗方姉妹」は大佛の原作も「それから」に似ているのですが、小津の映画の方が夫の性癖(酒を飲む、よく怒る)その他がより似ています。なお、映画では「宗方姉妹」'50年、「それから」'85年の父親役がどちらも笠智衆なのは面白い。

    34 要人の盛衰
    【それから 十三の八】広瀬中佐は日露戦争のときに、閉塞隊に加はつて斃れたため、当時の ひと から 偶像 アイドル 視されて、とうとう軍神と迄崇められた。けれども、四五年後の今日に至つて見ると、もう軍神広瀬中佐の名を くち にするものも殆んどなくなつて仕舞つた。
    【道草 四十五】もとかなりの地位にあった彼女の父は、久しく浪人生活を続けた結果、 漸々 だんだん 経済上の苦境に陥いって来たのである。

    [早春 2:11:13]「池田さんていうと、あの大蔵大臣をされた」「ええ、商工大臣もされましたな、池田成彬。あの方のお屋敷なんですがね。亡くなられてまだ幾年にもならないのに芝生は掘り返されて畑になってるし、梅の枝は伸び放題に伸びてるし、」……「何だか侘しかったなあ。池田成彬先生といやあ三井財閥の大番頭で、文字通り清廉潔白な、いわば日本一のサラリーマンだった人だ。その先生にして既にそうなんだから」


    35 修辞、官能の否定
    【それから 十四の十】俗を離れた急用を理解し得る女であつた。其上 世間 せけん の小説に 青春 せいしゆん 時代の修辞には、多くの興味を持つてゐなかつた。代助の言葉が、三千代の官能に はな やかな何物をも与へなかつたのは、事実であつた。

    〔大人の映画を 佑海留撚茵福崕日和」)の主題は、言うまでもなく親子のぶつかり合い、母と娘の葛藤である。だが、それを何回も言うように、喜怒哀楽の中では表現しない。たとえ喜んだり悲しんだりしても、それは単に表面のことで、親と子の間にはもっと深い、静かな結びつきがあり、それを描くことが作品全体に人間的な風格をつくり出すだろう。……感情過多は、ドラマの説明にはなるが、表現にはならない。……徒らにはげしいことがドラマの面白さではなく、ドラマの本質は人格をつくり上げることだと思う。

    36 偶然開いた本のページから選択
    【門】(題名は漱石門下生の小宮豊隆により、机の上にあったニーチェ「ツァラトストラはかく語りき」の、偶然開いたページで目に付いた「門」の字が選ばれた)

    [若き日 31:40](本を後ろに放り投げて開いたページに試験のヤマをかける)

    *幼少の頃、絵本を後ろに投げて開いたページを当てる遊びをやった覚えがあります。

    37 あの字はどう書いた
    【門 一】「御米、近来の近の字はどう書いたっけね」……「近江のおうの字じゃなくって」と答えた。「その近江のおうの字が分らないんだ」/細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指を出して、その先で近の字を縁側へ書いて見せて、「こうでしょう」

    [秋日和 49:29]「さわやかってどんな字だっけ」……「さわやかって、あの、」「もう仮名で書いちゃった」

    *漱石「門」の初めに「秋日和と名のつくほどの上天気なので……」(C16 秋日和)とあり、すぐ後にここの文が出て来ます。なお漱石の方はど忘れではなく、ふだん馴染みのあるものでも、まじまじ眺めていると可笑しなものに見えてくるという現象(ゲシュタルト崩壊)を言っています。

    38 お婆さんと孫娘
    【門 二】御婆さんが八つぐらいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、 そば に見ていた三十 恰好 がっこう の商家の 御神 おかみ さんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりする

    [麦秋 22:38]「こんちは」「こんにちは」「いいわねえ、みつこちゃん、おばあちゃまと。どこ行くの」「あんまりお天気が良いもんですから」「お父ちゃまお留守番」……「綺麗なおべべねえ」

    39 前後不覚と危篤状態
    【門 十二】こう前後不覚に長く寝るところを のあたりに見ると、寝る方が何かの異状ではないかと考え出した。……「医者へ行ってね。 昨夜 ゆうべ の薬を いただ いてから寝出して、今になっても眼が覚めませんが、 差支 さしつかえ ないでしょうかって聞いて来てくれ」

    [東京物語 1:45:03]A「ねえ、お父さん。お母さん、どうも具合が悪いんですがね」 B「そうかい」 C「悪いって、どうなの」 A「いや、良くないんだよ。こう長く目が覚めないってのは、どうも良くないんですがねえ」

    40 深夜の病院で変な音
    【変な音】隣の へや で妙な音がする。始めは何の音ともまたどこから来るとも 判然 はっきり した 見当 けんとう がつかなかったが、聞いているうちに、だんだん耳の中へ まと まった観念ができてきた。……/いい忘れたがここは病院である。

    [風の中の牝鷄 16:46](深夜の病院で看護婦二人)「ちょいと」「なあに」「誰か泣いてやしない」「やあよ、気持ちが悪い」

    41 わが道を行く
    【彼岸過迄に就て】そうして自分が自分である以上は、自然派でなかろうが、象徴派でなかろうが、ないしネオのつく浪漫派でなかろうが全く構わないつもりである。/自分はまた自分の作物を新しい新しいと 吹聴 ふいちょう する事も好まない。今の世にむやみに新しがっているものは三越呉服店とヤンキーとそれから文壇における一部の作家と評家だろうと自分はとうから考えている。/自分はすべて文壇に 濫用 らんよう される空疎な流行語を りて自分の作物の商標としたくない。ただ自分らしいものが書きたいだけである。

    〔映画に猜庫´瓩呂覆き 猷燭新しい技法が導入されると、すぐさま何々論といった考え方をして猜庫´甓修気譴襪箸いΔ里蓮△匹Δ靴燭海箸世蹐Α……/私は映画的感覚の基本は、自分が先ずこう思い、この思いが観客生理に、いかに訴えかけるか、どうかにあると思う。ここから、すべてが出発するのだ。こんなことは、なんでもないことで、ナイーヴな感覚の持主なら、誰だって、そう思うに違いない。

    42 世の中には面白い事がたくさんある
    【彼岸過迄 風呂の後 九】「だが田川さん、世の中には大風に限らず随分面白い事がたくさんある」

    [宗方姉妹 1:19:07]「いろんな面白い事があるんだよ、満里ちゃん。世の中には」

    *「宗方姉妹」は大佛次郎原作ですが、ここの台詞は原作にはありません。そして妻の妹満里子から姉と別れるように言われて、三村亮助は話をはぐらかそうとしているのに「酒をのんで遊んでいるのは夫婦でいるより面白いことかも知れない」などと言い、その後にこの台詞があります。成り行きからみて不自然なので拝借でしょう。

    43 矛盾−非難と羨望
    【彼岸過迄 停留所 二】そうしてこう小ぢんまり片づいて暮している須永を 軽蔑 けいべつ すると同時に、閑静ながら 余裕 よゆう のあるこの友の生活を うら やみもした。

    [早春 1:28:43](通勤仲間の男女二人の不倫について)「いやあ、いっぺん言ってやった方が良いんだよ。人道上な、ヒューマニズムだよ」……「けどな、もし本当やったらスギの野郎、ちょいと巧いことしよったよな」

    44 着物を身につけたまま綻びを縫わせる
    【彼岸過迄 須永の話 九】僕が玄関に立ったまま はかま ほころび を彼女に縫わせた

    [青春の夢いまいづこ 06:50](堀野が来ているTシャツの肩の綻びをお繁が縫う)
    [小早川家の秋 1:09:25]「ああ、ちょっとここ縫うてんか。綻びよった」(着物の脇を娘の文子が縫う)

    45 一年前に起ったなら−恋愛に関する話
    【彼岸過迄 須永の話 十一】こういう光景がもし今より一年前に起ったならと僕はその 何遍もくり返しくり返し思った。

    [青春放課後 1:22:34]「うちが東京へ出てくんのが去年の今頃やったら良かったんやけど」

    46 鎌倉の家の中で方角を問う
    【彼岸過迄 須永の話 十五】座敷では母と叔母がまだ海の色がどうだとか、大仏がどっちの見当にあたるとかいうさほどでもない事を、問題らしく聞いたり教えたりしていた。

    [晩春 20:10]「ここ海に近いのかい」「歩いて十四、五分かな」「割に遠いんだねえ。こっちかい海」「いやあ、こっちだ」「ふうーん。八幡様はこっちだね」「いやあ、こっちだ」「東京はどっちだい」「東京は、こっちだよ」「すると東はこっちだね」「いや、東は、こっちだよ」

    *これは「A場面の拝借」にしたいところですが、「彼岸過迄」の文が短いのでこちらに入れました。
    「晩春」を初めて観た時、この方角を確認する場面が懐かしいと感じたので、似たような場面をもつドラマがあったのか。小津の存命中にこの映画がテレビ・ドラマ化されたらしいので(⊆分のペースでゆく)、あるいはその再放送を観たのかも知れません。何れにしても、終りの方で花嫁が三つ指ついて「長い間、お世話になりました」と言う処も、昭和四十年代まではテレビでよくやっていました。

    47 英国風
    【彼岸過迄 須永の話 十八】 亜米利加 アメリカ 帰りという話であった彼は、叔母の語るところによると、そうではなくって全く 英吉利 イギリス で教育された男であった。叔母は英国流の紳士という言葉を誰かから聞いたと見えて、二三度それを使って、何の心得もない母を驚ろかしたのみか、だからどことなく ひん の善いところがあるんですよと母に説明して聞かせたりした。

    [波平スタイルと笠智衆院鷲飾評論家のくろすとしゆきさんによれば、「英国紳士が、この人(小津)の服装の基本ですね。もっとも戦前はイタリアもフランスもない。アメリカ式は軽蔑されている。西洋に倣うときは英国式と決まってましたが」「若い頃から一貫した英国調で通すと、フケが目立たないんです」

    *漱石は英国留学を自慢しているのか、それとも米批判でしょうか。

    48 仲の好い継母と継子
    【彼岸過迄 松本の話 五】「彼らは本当の母子ではないのである。なお誤解のないように 一言 いちげん つけ加えると、本当の母子よりも はる かに仲の好い 継母 ままはは 継子 ままこ なのである」

    〔母を恋はずや 結末〕「お父さん。子供達はみんな私によくして呉れます」母の頬を涙が伝わる。涙を拭って、「私はこんなに幸せです」と沁々と言う。

    49 知人を二階の部屋に泊める
    【行人 友達 五】その晩はとうとう岡田の うち へ泊った。六畳の二階で一人寝かされた自分は……

    [早春 19:30](妻が二階から降りてきて、仲人であり夫の上司でもある人に向って)「お疲れでございましょう、お支度できましたから」「やあ、ありがとう、お世話になりますな」

    50 ノイローゼ
    【行人 兄 六】兄は学者であった。また 見識家 けんしきか であった。……自分ばかりではない、母や嫂に対しても、 機嫌 きげん の好い時は馬鹿に好いが、いったん 旋毛 つむじ が曲り出すと、 幾日 いくか でも苦い顔をして、わざと口を かずにいた。それで他人の前へ出ると、また全く人間が変ったように、たいていな事があっても 滅多 めつた に紳士の態度を くず さない、円満な 好侶伴 こうりようはん であった。だから彼の朋友はことごとく彼を おだや かな好い人物だと信じていた。

    〔東京暮色 12:04, 27:40〕「お友達の評判がちょいと良かったり、学校で何かちょいと面白くない事でもあると」「でもそりゃあ何もお前が」「そうなのよ、だからノイローゼなのよ」……/「お父さん、気持ち悪くなさらなかった」「何」「あの人にお会いになって」「そんなこたないさ」

     

    【参考文献】

     

     (本文ここまで)




     

     

     

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